燕の置き土産

  ゴールデンウイークのある快晴日のこと。

 夫婦で少し高台にある集会所に向かった。


  以前なら年に1回は地区住民がほぼ総出で汗をかきながら集会所周囲の草刈りと室内などの掃除をしていたし、新年会や花見では夜遅くまで飲み食いしながら話に花を咲かせていたことを懐かしく感じる。

 ここ数年は山間のこの地域でもコロナの影響で密を避けていた。勿論のこと集会所もその役割を果たせていなかった。せいぜいその年の役員の配慮で風通しをしたかどうかの程度だった気がする。


 今年は我が家の当番の年。各家を順番に役を回すのだから仕方がないと思うけど、時期的に少し懸念がある。問題なのは、新型コロナがもうすぐ5類に引き下げられるということ。すでに旅行など人の動きが活発になり私自身も若干の解放感を感じている。個人的には活動の再開を肯定的に捉えているが、地区に対しては悩ましい。1年先なら少しの対策は必要かもしれないが、あまり悩まずに以前のような活動を再開できるような気がする。でも、今年度はどうしたら良いのだろうか。


 しかし、活動再開に悩む前に乗り越えるべきものがあった。私にとっては使というキーワードは大きい。市の広報誌の配布や事務的なことは私でもできるが、使のドアを開けるのは怖い。室内に何がいるか分からない。蛇やムカデが居たらと想像してしまう。

 だから、4月の引継ぎから夫と共に行動できるこの日を待っていた。


 先ずは、集会所の外周をざっと確認する。

 「草、あんまり生えとらんな」と、ボソッと夫が言う。

 「うん、良かったねえ。窓は汚れてるけど、また皆で集うようになったらでいいよね」と、心の底に若干の逃げ腰を忍ばせつつ答えた。

 そろそろ集まってもいいよねという意見と今年はまだ集まらんよねという双方の意見がある。「触らぬ神に祟りなし」問題の渦中に身を投じたくないというのが本音だ。もしも、娘が私の心中を知ったなら「ブラックおかあ」とニヤッと笑いながら言うのだろう。

 だけども今は、逃げるわけにはいかず覚悟を決め玄関ドアをゆっくりと開ける。

 「あれ、あんまり汚れていない」ほっとしたが、念のために持参した捨ててもよいスリッパを袋から取り出して履く。

 紫外線で劣化した遮光カーテンを開けると白い粉が舞う。

 慌てて窓を全開にした瞬間に燕が視野に入ったが気にせず他の窓も同様に開け放った。室内は湿気もなく所々小さな乾燥したゲジゲジが落ちている程度。若い頃なら飛び跳ねて逃げていたけれども、今はこの程度なら覚悟を決めて掃除機で吸える。


 掃除を終えるころに夫が慌てて言った。

 「黒いのがなんかいる」

 見ると室内を颯爽と飛ぶ1羽の燕。

 「お願い。出て、あなた此処にいたらだめ」と、燕相手に言い放つ。慌てて網戸を開けそちらに追い払おうとするが、燕も大慌てで室内を右往左往する。ふっと燕が天井近くに泊まった。見ると、丸い壁掛けの時計の上。まるで鳩時計ならぬ燕時計だ。

 その後もしばらく双方右往左往していたが、一瞬の目を離した隙に逃げることができたのか燕が消えた。念のために押し入れや物入も確認したが姿はなかった。ただ、畳の上に置き土産が少々あった。


 今年は良い運がありますように。

 

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