夢枕

元ネタ

『さよなら』(300字SS)


 もう限界です。

 長い間頑張ってきましたが、これ以上は耐えきれそうにありません。

 ずっと一緒にいたかったけど、どうやらこの前の薬がよくなかったみたいです。残念。


 今まで大事にしてくれてありがとう。

 ショックを受けないでくださいね。

 大丈夫、私がいなくなったって、大して変わらないですから。


 男とも女ともつかない声が、頭の上から降り注ぐ。


 そんな夢を見た。

 相手の顔も見えないのに、妙にリアルな夢。

 まるで、たった今まで誰かがそばにいたように。


 僕には妻などいない。彼女すらいない。

 あれは誰だったのか。


 妙な感傷を胸に抱いたまま、リビングに入る。

 兄が血相を変えて僕の愛称を叫んだ。


「波平! お前、ラスト1本なくなってんぞ!」


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『一筋の希望』(300字SS)


 薄暗い部屋に通された。

 札やしめ縄のようなもので厳重に包囲された祭壇に鎮座するのは、一体の日本人形。

 市松模様の着物にかかるまっすぐな黒髪とガラス製の目が鈍く光を反射する。

 童女の微笑みに、ぞわり、と何かが背を駆け抜けていく。


 何人もの専門家が除霊を試みたが駄目だったと。

 世間でいう「呪いの人形」の定義をおよそ網羅したその人形の圧力は、今まで怪異の存在を信じなかったことを恥じるほどに、強烈だった。


 本当に、大丈夫なのか。

 こんなものを、連れ帰って。


 おののく傍らで弟が笑う。


「やっと見つけた」


 愛おしげに頭を撫でる姿が切ない。


 何も言うまい。

 失ったものを取り戻すためにここまで来たのだ。


「…上手くいくといいな、植毛」


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(Twitter投稿ネタ)


夢枕に立つ人形「カエシテ…カエシテ…グスッ…」

目覚めた僕「ツルッパゲ…!」

「ウワァァァンヒドイカエシテェェ!」

「ごめんな…弟本人に言って」

「…あの人あまりにも嬉しそうで言えない…グスッ」


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蛇足

『夢枕』


 寝不足だった。

 弟の植毛以来、毎日毎日毎日毎日例の日本人形は夢枕に立ち、返して返してとしくしく泣いた。

 最初の頃はかわいそうだと慰めもしたが、こう何日も続くとさすがにうんざりする。


 なんで俺なんだよ。

 弟に言えよ。

 俺の毛根は自前だよ。


 そっち系の世界では魔力は髪に宿るものらしいから力がなくなったのか単につるっぱげの視覚的効果か、初見のときのような怖さもなくなっていたし正直面倒なので相手をしないことにしてみたら、翌朝目覚めた俺の首から上はずぶ濡れだった。


 笑顔を貼り付けた人形の目元が赤い。

 やっぱり涙かこれ。


 これは、ダメだ。

 放置してはおけない──


 イチかバチかの手を打ったその日も、人形は夢枕に立った。俺が被せたゆるふわロング金髪のヅラ付きで。


「……」

 何か言いたそうに見つめてくる複雑な顔に

「似合うよ」

などと全力の演技を奉納する。


「……まぁ、とりあえずこれでしばらくは許してあげるわ」


 くるりと金髪を弄んだ人形は、意外にもまんざらではなさそうに、わずかに頬を染めてそう言った。


 その後、髪型に飽きると新しいヅラを要求してくるようにはなったが、すっかり大人しくなった人形はそうそう夢枕に立つことはなくなり、俺は無事日常を取り戻した。

 定期的なヅラの経費を弟に請求するか、その長髪で元の持ち主にヘアドネーションでもさせるかというのは悩みどころではあるが、随分と平和的な結末だった。


 部屋の片隅に佇む奇抜な日本人形の姿に、これが禍々しいものだということを忘れそうになる。


「……」


 抱え続けている疑問は、今さら口に出しはしない。

 思い出す、ポロポロと止めどなく流れる涙。俺を濡らしたあの涙に意味があったと考えるのは穿ち過ぎだろうか。


 道連れにしようとしたのか。

 それとも奪うつもりだったのか。


 健気に訴える振りして、

 お前、俺の毛根狙ってたろ?


 ブルネットの三つ編み姿の彼女が、微かに笑った気がした。

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enlarge 桂瀬衣緒 @katsurase

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