美和とうた
なんでお母さんは、私とお姉ちゃんとで態度が違うんだろう。
『お母さん』
『なぁに?』
『お母さん』
『…なに?』
『お母さん。これ、はい、カーネーション。母の日、ありがとう』
『あら、きれいねぇ。うれしいわ。ありがとうね、美和』
『お母さん、これ…』
『…ありがとう』
なんでお母さん、お姉ちゃんには笑いかけないの?
そうだ。
あしたはお母さんの誕生日。
誕生日って、楽しいから。
きっとお母さんも笑ってくれる。
お姉ちゃんと一緒にケーキを作ったら、喜んでくれるはず。
よーし。
イチゴが乗ってる生クリームたっぷりのケーキを作りたかったのに、オーブンレンジが故障した。
「じゃあ…ホットケーキにする?生クリームとイチゴをトッピングしたら、おいしそう」
「うん!おいしそう!」
「美和、フライパン熱いから気をつけて」
「うん」
「弱火にして、生地をお玉ですくって――――」
「ん………ぁつっっ、あっ、わっ!」
ガチャーン。
「大丈夫っ?美和、ほらっ、手、水で冷やして」
せっかく、お姉ちゃんと一緒に作って、一緒に…お母さんに喜んでもらおうと思ったのに………。
床にはひっくり返ったボウル。当然、中身はすべてぶちまけている。
「痛い?」
お姉ちゃんが薬を塗って、ばんそうこうを貼ってくれた。
痛いのは指なのか。どこなのか。
「もう一回作る?」
お姉ちゃん。
「きっと、今度はうまくいくよ」
「……………………」
頭をなでられた気がして、目が覚める。
(四時か…)
少し、寝れたみたいだ。お母さんが死んでから、あまり眠れない。
まだ信じられていない。
どこか……呼べば、お母さんが「なぁに」と、出てきてくれるようで。
「……………………」
また泣きそうになったので、紛らわすためにベッドから立ち上がった。
カーテンを開け、窓を開けて、ほんのり明るくなった外の空気を吸う。
――――あのあと、もう一度ホットケーキを作って、お母さんに渡した。ふたりで。
でも………。
『おいしそう、ありがとう。うん、おいしー。一緒に食べましょう。お皿お皿』
そう、私、に向かって言った。
横にお姉ちゃんがいるんだよ?
お姉ちゃんは、何も言わなかった。
私にとっては大好きなお母さん。
怒ると怖いけど、優しくて明るくて。
意地悪なんかしない。………………。
見たくなくて、目をつむった。
『お前んとこの姉ちゃん、デブだよな。頭ぐちゃぐちゃで変なのー』
そう、クラスの男子にからかわれた。
………恥ずかしいと思ってしまった。
そんなお姉ちゃんだからお母さんに嫌われたんだって、あのころの馬鹿な私はそう考えた。そう、思い込もうとした。
お母さんは悪くない。私も悪くない。
そう思うたび、心の中のうしろめたさは、大きくなるのに。
河川敷で座っているお母さんを、たまに見かけた。そのとき、よく何かを食べていたお母さん。アイスだったりお団子だったり。私に見つかって指摘されると、チラッと舌を出して、
『バレちゃったー。美和も一緒に食べよう』
それから手をつないで帰る。
『晩ご飯はなあに?』
『唐揚げよ』
『やったあ』
『サラダもちゃんと食べるのよ』
『えー』
『好き嫌いしないの』
お姉ちゃんは高校を卒業するとすぐ、家を出ていった。
会ったことのないおばあちゃん。そのおばあちゃんの家に住んでいるお姉ちゃん。お父さんは、ときどきお姉ちゃんに会いに行っているみたいだった。
私は………勇気がなかった。
カタン。
下で控えめな音がした。お父さんかお姉ちゃん、起きたのかな。
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