義父と美和
母もおばあちゃんと同じで、葬式も墓もなしで海にでも散骨してほしいと昔から言っていたらしく、次の日
直葬とは、お通夜や告別式などの儀式をせず火葬のみの葬儀のことだ。――――なにかと合わなかったふたりだったけど、最後の最期で同じ人生の畳み方をした。
夜が明けたら、妻が、母親が、死んでいた。
いきなりすぎて、いままで実感が湧かなかったのかもしれない。火葬炉の前で義父と美和は、
ボッと火が入った音がした。
「まって…。いま…いま、お母さん…いま、目が、覚めたかも…しれない、から……」
お母さん、と、つぶやいた美和を義父が抱きしめた。
それから数日後、遺骨を粉末にしてもらって、業者が用意してくれたクルーザーで散骨式をおこなった。合同散骨だったため、ほかの遺族と一緒だ。
「おじいちゃん。おばあちゃん来たよ」
高校生くらいの金髪巻き髪の女の子が、そう言って海に流す。
海面に広がった白い花が波で揺れる。青い空に響く汽笛。
しらとりは かなしからずや――――誰の歌だったか、思い出した。
「うたちゃん。これ」
帰り支度をしている私に、義父が銀行の通帳と印鑑を渡してきた。
「私の名義…。……何これ?」
「君のために、お母さんが作ったんだよ。君のだ」
「お母さんが……?」
見ると四百万近く入ってあった。
「…なんで」
「君のためだよ」
「……………………」
「…ごめんね、うたちゃん。君にずっと寂しい思いをさせてたよね。……ごめん」
「……………………」
「君が受け取るべき当たり前の愛情を、僕たちは…渡せなかった。僕がもっと器用だったら、よかったのにね」
黙っている私に、話を振って会話に参加させようとしてくれたり、みんなで一緒に料理をしたり、旅行に連れていってくれたり。
義父は、私に無関心な母の代わりにいつも気遣ってくれていた。いまも時々、電話だけでなく家まで顔を見に来てくれたりしている。
だけど――――
義父が気を遣ってくれればくれるほど、反発したくなって逃げていた。
過去の自分は、この家の異分子なのだと痛感し、惨めな気持ちを抱かずにはいられなかったのだ。
「…ごめんね、お義父さん。お義父さんの心遣い、ずっと無駄にしちゃってて」
「え?」
通帳を閉じて、そっと握りしめる。
「なんとかして私とお母さんの仲を取り持とうとしてくれてたでしょう?…けっきょく、駄目だったけど」
「うたちゃん……」
「あのね、私とお母さんは、これでいいの」
「………」
「お義父さん」
――――たぶん、これが私と母の形なのだと思う。
「私、これからもこの家に帰ってこないわ」
「…そうか」
「私の家は、もうここじゃないの」
私の家は、ゴチャゴチャした街並みで、生活音のあふれた古い木造二階建ての家。
「だから、たまに遊びに来るわ」
「……うん。うん、いつでも…おいで、遊びに」
家の門扉を開けて振り返る。
「じゃあ。お義父さん、またね。体に気をつけて」
「うん、うたちゃんもね。気をつけるんだよ」
「お姉ちゃん、駅まで送るよ」
「え。いいわよ」
「いいから、いいから。ね」
義父に見送られ、駅までの道のりを美和と歩く。
初めはふたり並んで歩いていたはずだったのに、少しずつ、美和は遅れていく。
「……………」
美和がうしろで何か言いたそうにしているのを感じてはいるけれども、それに触れず、ただ黙って歩いた。なんとなくわかっているから。
「……………」
川沿いは、一週間前にここを通った時と同じ時間帯だからか、同じく人通りが無く、遠くに釣り人がぽつんといる。
先週と同じ人かなぁ、とぼんやり考えながら歩く。
「……………」
(あ)
(釣れた)
よかったね、と思っていたら…。
(落とした)
あーあ。惜しい。どんな魚だったんだろう。この川、魚いるのね。
「……………」
(あ)
(あの子)
そういえば…高校卒業間近の頃だったか、小学生の男の子とここで、何度か一緒にお菓子とか食べたっけ。
きっかけはたしか……、その男の子が同級生たちに囲まれて、ランドセルを川に投げられて――――。
「お姉ちゃん………」
「…………………………………。え?」
知らぬ間に美和は足を止めて、数歩うしろで私を見ていた。振り向いた私と一瞬目が合ったあと、うつむいて唇をかむ。
「…ご「もういいから」」
義父と同じ流れになりそうだったから、思わず美和の言葉に被せて言ってしまった。
ほんとに、もういいから。ほんとに、もう、大丈夫。
「お義父さんも美和も私に罪悪感を抱いているんだろうけど、私ね、いま、幸せなの」
「お姉ちゃん………」
「お母さんが死んじゃって、こんなときに言うべきじゃないかもしれないけど」
美和の赤い目が、またじわりじわりと潤んできている。
義父似で、いまは私よりだいぶ背が高い美和と、泣きながら私を見上げて「お姉ちゃん」と言った昔の…小さい美和が重なって見えた。
「美和はお母さんのこと大好きでいいのよ。お義父さんも」
小さい美和と同じ泣き顔だったから、背伸びをして、つい昔のように頭をなでてしまった。
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