母と二日
「じゃあね」
「………うん」
駅の改札で、美和はまた泣きそうな顔をしている。いま、美和の涙腺レベルは最弱だろう。
「家まで送ろうか?」
「いい…。それじゃ意味ないじゃない。大丈夫……」
「…今度、うち遊びに来たら?」
「………いいの?」
「当たり前じゃない」
「行゛く゛…」
口をへの字にして泣くのをグッと我慢している美和を見て、かわいくて、こっそりと心の中で笑ってしまう。
「来たら一緒にホットケーキ、作ろうか」
昔、一緒に作ったことがあるホットケーキ。途中で美和が、生地が入ったボールを落っことして、泣きべそをかいた。
何度もうなずきながら、美和はやっぱり泣いてしまった。
落ち着いてからあらためて、近いうちまた会いにいくと言う美和と別れ、駅のホームのベンチに座って電車を待つ。
………………………。
(せっかく久しぶりに来たし)
………………………。
(切符が無駄になるけど、いいや)
改札を出て、向かいのスーパーに入った。
適当に、高校生のころよく食べていたものを、いくつか買う。
当時はカゴいっぱい買って食べてたけど、いまはとうてい無理。胃がついていけない。大食いって、体力がいるのだ。
河川敷でいつもいたお気に入りの場所は、まだ変わらずそこにあった。
そんなに大きくない木があって、目の前にはこんもりとした植木がある。その隙間に座ると前後からは見えなくなり、いい感じだった。左右からは丸見えだけど。
「あっつー」
思わず声が出た。日陰にいても、暑いもんは暑い。アイス買えばよかった。
袋からスーパーで買ったペットボトルの冷たい麦茶を取り出して、ゴクゴクと、あおるように飲み、ひと息つく。そしてまた袋に手を突っ込んで、ひとくちチョコレートのファミリーパックを取り出し、封を開けた。
(失敗した…)
チョコレートをひとつ摘まんだら、ぐにゅっと潰れた。
こんな真夏の屋外に、なんの対策もせずチョコレートを持ってきてはいけない。これはもう持って帰って、冷蔵庫に入れてから食べよう。
さて次いってみよう~、とまた袋をがさごそ。
ばりん。
手の平サイズのごつごつしたお煎餅。割らずにそのままかじりつく。見た目の通り、かなり固めだ。油断したら歯を全部持っていかれそう。
ごりごりと音を立てて、ごつごつのお煎餅を、もりもり食べて、ごくごく麦茶を飲む。
「ふぅ」
“墨野うた”と書かれた銀行の通帳には、毎月一万円、たまに二万円とか三万円が振り込まれていた。
毎月、振り込まれていた。――――“二日”、に。
私の誕生日は一月二日。
毎日毎月毎年、その日以外私を忘れても、その日だけは、私を思い出して…私のためにお金を入れてくれていたのかな。
だからといって、いまさら母のことを許せるとか好きになるとか全然ないけど、まったく、ないのだけれど…………。
ほんの少しだけ。
ね。
うれしいのよ。
「うたさん」
ポンポンと肩をたたかれた。
「ぅわぁっっ。へっ、えっ、隼くん?」
まさか、こんな所で声をかけられるとは思ってもみなかったので、心底びっくりした。おまけに隼くんとは…。
「どっどうしたの、隼くん。なんでここに。あー、びっくり」
「ちょっとね。…いちおう声かけたんですけど、驚かせてすみません。その“ごりごり音”で聞こえなかったのかも」
お煎餅を指差して、隼くんは笑った。たしかに、そうかもと、私も笑った。
しかし……。それにしてもホント、なんでここにいるんだろ、隼くん。
「隼くんも食べない?」
「はい。いただきます」
隼くんと並んで座って、一緒にお煎餅を食べる。高校生のころと同じだ。
「昔ね、ここで何回か小学生の男の子と一緒にいたの。座って…ほとんどしゃべらなかったから、一緒にお菓子食べたぐらいしか覚えがないんだけど。名前も、聞かなかったし」
懐かしい記憶がよみがえり、独り言のように口に出た。
「元気かなあ、あの子」
「はい、元気です」
「……………………」
ん?
「それ、俺です」
それって――――。
「えええっっ」
勢いよく隼くんの方を向く。
「なんで、いままで……」
穏やかな表情の隼くんと見つめ合う。
「隼くん…、気づいてたの?」
「はい」
「……よく気づいたわね」
あのころは、いまより三十キロぐらい太ってた。それに、お団子頭は癖毛をごまかせることを発見していなかったから、髪は短かった。
「………………」
太ってる+超激癖毛ショート。
=雷様。
私、似合いすぎる……。
恵比寿様より、いいんじゃなかろうか。りりかちゃんには言わないでおこう。
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