おろし蕎麦と肉じゃが
「何か飲む?お腹は?何がいい?」
「私、お酒はいまはいいよ。お腹減ってるから、さきにご飯食べたいな」
美和はご飯はご飯、お酒はお酒、と分けるタイプのようだ。お酒も別腹って言うのかしら?
「あー…、ごめん。僕は…もう少ししたら、戻らなくちゃならないんだ。さっき呼び出し食らっちゃって……」
「ひどいでしょ?ホントついさっきなの、電話かかってきてさ。…お父さんてば、もう。いつものことだから、慣れてるけどさー」
両手を合わせて謝っている義父は、美和ににらまれ、肩をすくめて小さくなった。
「えっと、だからお茶と…そうだな、何か、軽いものだけもらえるかい?」
義父は警察官だ。それなりの階級になれたおかげで昔ほどではなくなったが、それはそれでまた別の忙しさがあるらしい。
「じゃあ、おろし
「あ、いいね」
「私は何にしようかなぁ。本日の定食…アジフライと肉じゃが定食か…、うん、これにしよ」
「すぐ用意するわね、これでも食べて待ってて」
サービスで出している“突き出し”をふたりの前に置いた。今日は焼き枝豆。
居酒屋などで注文しなくても最初に出てくる小鉢のことを、“突き出し”または“お
「お姉ちゃん…、これ、多くない?」
「うたちゃん…、これ、何人分?」
「あ」
さっきまでりりかちゃんがいたから、ついそのノリで………。
「…………………。この肉じゃが…、お母さんのとおんなじ………」
美和は、泣きそうな、うれしそうな、そんな顔をして言った。
うちの肉じゃがは、汁がほとんどなく、ほっくりとしている。
具材はシンプルに、じゃがいもと玉ねぎと牛肉の三つで、水や出汁は入れない。砂糖と酒としょうゆ、それと玉ねぎから出る水分で煮るのだ。んー、味は全然違うんだけど、少しポテトサラダに似ているかも?
これは、おばあちゃんに教えてもらった肉じゃが。
お母さんも昔習ったのかな……。
「よかったら、あとで持って帰る?肉じゃが」
「うん……。お姉ちゃん」
「ん?」
「教えて?作り方…、肉じゃがの」
「いいわよ」
美和はひと口、肉じゃがを食べると「おいしい」と言った。
それは私にだけではなく、お母さんに、それから、おばあちゃんに、言っているのだ。
私もこっそり摘まんでみる。
おいしい。
けど。
記憶のなかの肉じゃがは、もっともっとおいしかった気がした。
きっと、もうずっと、超えられないだろう。
「エル、オー、ブイ、イー、ラブリージュンコー!」
「みんなー、ありがとうー。うふっ。次はー私の大好きな歌、聴いてください、“夏の――――」
ミラクルハニーで順子ママの昭和アイドル歌謡ショーを堪能して、美和は帰っていった。
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