隼と過去③

 彼女が河川敷に来なくなって数か月後、父さんが事故で死んだ。


 それから……俺も、母さん妹弟たちと一緒に、じいちゃんの家に引っ越すことになった。


 引っ越す前の日、彼女がいた河川敷に行った。

 いつもの場所。こんもりとした植木がある木の根元。そこに彼女はいつも座っていた。もちろん、いまは誰もいない。


 ひとりで座ってぼんやりと空を見る。青い空の端の方にうろこ雲が広がっている。




 名前、聞けばよかった。




 数回しか一緒にいなくて、話をほとんどしていない。

 本当は、夢だったんじゃないかとまで思ってしまう。




「また、会いたいな…………」




 それから――――




 高校生になって、自分の進路を決めなくてはいけなくなった。母さんもじいちゃんも、俺の好きな道に行けばいい、大学に行きたければ行け、お金の心配はいらないと言ってくれた。

 そう、言ってくれてはいても気にはなる。俺の下には、まだ妹と弟が五人もいるのだ。

 大学に行き、頑張っていい会社に就職したほうが将来的には、よりたくさん稼げるかもしれない。けど。


 つい、いつものように彼女からもらったUSBメモリを取り出す。何度も何度も手に取っているから、だいぶくすんでしまった。もらった当時は、もう少し明るい茶色だった気がする。それに小さく描かれているタヌキのようなイラストも、所々が消えてしまっていた。


(ティー、エー…、エヌ?えーっと……)


 ひょっとして、このタヌキもどきの名前なんだろうか。これも消えかかっていて、おまけに文字が小さすぎて見にくい。ずっとこのメモリのメーカーの名前だと思っていたけど。


(TANUPPON?…たぬっぽん?)


 調べたら、“田貫銀座通り商店街”のマスコットキャラクターだった。悪いけど、かわいくないな。


 唯一の手掛かりといえるその商店街に、行ってみることにした。






 スマホで商店街のホームページに載っている大雑把な地図を確認する。


(この道に入るか。それからだいたい南西だな)


 木造の家が多い、どこか懐かしいような町並みの中を歩いた。


 玄関にいくつも植木鉢を置いている家や、表に座布団付きの長椅子を置いている家。


 キャンキャンと、どこかの家の犬が鳴いている。


 こけで濁った深緑色の水槽の中で、ときどき見える赤い金魚。


 たどたどしくて微笑ましい、ピアノの“エリーゼのために”。


 大小ずらっと並んだ洗われた運動靴。名前も書いてある。




(あれ?)


 なぜか国道に出ていた。


 国道に出たら行きすぎだったはず。

 地図を見るとやっぱり、行きすぎている。気づかないうちに曲がったりしたのかな。戻るか。




(……………)


 振り出しに戻った。なぜだ。


 途中に曲がれるような道はなかった。家と家の間に隙間はあったが、人ひとりがやっと通れるぐらいキチキチの幅だ。それ、道っていうのか?まさかそこ、入るのか?




 ……入ってみた。




 洗濯ばさみや靴下の片方、バドミントンの羽根、スーパーボールなどが落ちている。家の中から聞こえる話し声、テレビの音声、鳴る電話――――だんだんと不安になってくる。


(!!!!)


 部屋の中にいるおばさんと目が合った!やばい!




 はぁはぁ。


 奥は行き止まりで、窓が開いていて、中で体操をしているおばさんがいた。




 商店街はどこだ?






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