隼と過去④

 素直に地図アプリを使えばよかった……。


 そうか、初めに入った道からは、商店街にたどり着くことはできないのか。道がつながっていないみたいだ。


 じゃあ正解のルートは…。いくつかある。ここから最短で行くには…。


 えーっと、この初めの道には入らず、そのまま東にバス通りまで進んで、右へ南下する。ひとつ、ふたつ、これらの道も商店街にはいかない。

 それはいいんだが…なんなんだろう、この、ふたつの道。というのも、


 一本めの道に入ると、かくっと曲がって二本めの道に出る。

 二本めの道から入ると、同じく今度は逆にかくっと曲がって、一本めの道に出る。


 上から見ると“コ”の字になっているのだ。あ。あいだに、一本めと二本めをつなぐ細い道がある。ということは、“ロ”の字にもなっているな。なんだ?もう一本、隣に同じようなつなぐ道がある。“ロ”がふたつ。てことは…、“月”?


 進んでも進んでも元の場所に戻ってしまう、まるでキツネにつままれたような――――いや、そこはタヌキか?タヌキと月、お似合いといえるか。


 そして、次の三本めの道。正解。くねくねと曲がっていく道の先が、田貫銀座通り商店街の入り口に通ずるらしい。ホームページの写真には、入り口のアーチの横にマスコットキャラクターである“たぬっぽん”の置物があった。


 だが、しかし、だ。四本め。これもまた正解。

 この道は店が少なくて、出口というか終点というか、商店街の外れのようだ。でも遠くまで見ると、だんだんといろいろな店が増えていき、客と思しき人の往来もある。


 要は、出口からか入口からかの違いだけ。三本めは入口、四本めは出口。


 ん?ということは、ここも上から引いて見れば、一本め二本めの道のように“コ”の字になるな。まぁ、“コ”というより、“つ”か“し”かな。ここら辺の区画、不思議だ。

 入口からでないと、なんか気持ち悪いとか、まさかとは思うが、たぬっぽんに出迎えてもらいたいとかでなければ、四本めここから入ったほうがよくないか?三本めは道がすぐ曲がるから先が見えなくて、『この道、合ってるんだろうか』と不安感を抱かせるし。


 …………………。


 そもそも、ここを入口にすればよかったんじゃないか?バス停も近いし。…まぁいいけどさ。






 等間隔に設置された街路灯。括り付けられているプラスチック製の花は、色あせてくすんでいる。


 八百屋。肉屋。魚屋。総菜屋。和菓子屋。ケーキ屋。花屋。本屋。おもちゃ屋。あとは――――。


 喫茶店、お好み焼き屋、中華料理屋などの飲食店が並ぶ横丁もある。


 取り立てて特徴があるわけもなく、おしゃれでもなく。

 ごく普通ともいえる、大きすぎでもなく小さすぎでもなく、昔ながらの商店街。




 …………………………。




 アーチをくぐり、振り返る。


(かわいくないな)


 俺は、たぬっぽんに見送られながら、商店街をあとにした。






「ありがとうございましたー」


 コンビニでペットボトルのお茶を買って、目の前の児童公園へ向かった。


 誰もいない小さな公園。子供たちが遊びに来るにはまだ時間が早い。

 周りをイチョウの木で囲まれたベンチに座る。秋には黄金色になるイチョウの木がいまは黄緑色で、同系色の花を咲かせていた。




 …………………………。




 やっぱり、彼女はこの商店街と関係なかったのかな。


 駄目元だとわかってはいたけれど、でもやっぱり……、どこかで、何かつかめるんじゃないかと期待してしまっていた。


 …………………………。


 心の中でひとつ息を吐き、ペットボトルのキャップを開け、口元へ運ぼうとした。


 そのとき、公園の向かいに建つ家の、その二階の窓が開く。


 座っている俺の少し離れた正面で、視線がわずかに上がる。




 ぼさぼさの癖の強い長い髪。丸い顔。


 髪が伸びて、以前よりほっそりとしたのかな。そばかすは…どうだろう。ここからではわからない。


 天気を確かめているのか、空を仰いだ。まぶしそうに目を細めている。


 それから、ゆっくりと目線が下がった先――――


 目が合う。いや?




 …………………………。




 彼女は、すぐに静かに窓を閉めて、姿が見えなくなった。


 ゴトンと、ペットボトルが足元に落ちる。中身を零しながら転がっていく。


 風が吹いて、さわさわとイチョウの葉が揺れた。

 どこからか、一枚の葉が舞い落ちる。




 ひらり。




 瞬きができない。


 彼女のいた窓が、にじんでぼやけてきた。




 おかしいな。


 なんで、俺は涙を流しているんだろう。こんなに。


 そんなにも?


 そんなにも。




 ――――ああ――――




『やっと、逢えた』


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