卵とゴマ

「ありがとう、隼くん。ごめんね、けっきょく持たせちゃって」

「いえ、全然。平気ですから」


 店までティッシュとトイレットペーパーを運んでくれた隼くんに、カウンターの中からミカンを取り出して、そっと差し出してみる。


「ぷっ。もう充分じゅうぶんですよ」

「やっぱり?」

「御利益はもう、いつもたっぷり頂いてますから」


 優しく笑う隼くん。そうか、幸せならいいよ。


「ふぉっふぉっ。いつも頑張る良い子にはご褒美をあげねばいかんからのお?」


 いまさらだけど…、私の恵比寿様像、大丈夫かしら。バチ当たらない?


「……………。……じゃあ今度――――」

「うたさぁん、お腹空きましたあっ。晩ご飯まで持ちませぇんっ」


 りりかちゃんが開いていた戸から飛び込んできた。


「さてと。俺、店戻ります。それじゃうたさん、りりかちゃんも、失礼します」

「あ、…うん。頑張って」


 隼くんの背中を見送りながら、軽く頭を捻る。


(隼くん、何か言いたそうだった?気のせいかな)


「………………」

「りりかちゃん、いま、冷ご飯しかないわ。まだ仕込みすらしてないし」

「じゃあそれ、てんこ盛り。どんぶりで」

「チンするよね。卵、要る?海苔のり要る?」

「チンしてミカンじゃない卵ください。海苔も要ります」

「納豆あればよかったんだけど。あ、ちりめん山椒さんしょう要る?」

「それは残念。ちりめん山椒要ります」

「んー、ほかに何かあったかなあ」

「隼くんと何かありました?」

「あった。冷凍庫に肉団子。食べる?」

「……食べます」

「……なんか、これのほうが卵っぽいわね」

「ラップで包んでから白い紙で包む…。より卵感、出ますね」

「でも、嫌よね、開けたら中身が肉団子って」

「ですよねえ」


 チーン。


「はい。どうぞ、りりかちゃん」

「わあい。いただきまぁーす」




 あっという間に平らげたりりかちゃんの横に座って、すり鉢に入れた胡麻ごま和え用の胡麻を、すりこ木でする。胡麻が潰れる“ぶちぶち”という音と、すりこ木ですったときの“ごりごり”という音と、手に伝わる振動がちょっと気持ち良くて楽しい。もっと胡麻料理、出そうかしら。あ、胡麻すり料理?…それは、なんかねぇ。


「そういえば、ケントくんの仮装、うたさん知ってます?」

「ううん。知らない。当日まで秘密って、言ってたわよね」


 秘密――――ケントくん、隼くんと同じ町内だったってこと、言わないでって言ってたけど…。


「そうなんですけど、もうイベント始まってるのにまだ仮装しないんですよお。で、聞いたら、最終日にやるって。もう引っ張りすぎ~」

「最終日っていったら、ケントくん、その二日後だっけ、アメリカに行くの」

「あ、そうだ、もうすぐ行っちゃうんですねぇ」

「三ヶ月なんて、あっという間ね」


 一瞬、哀しそうな顔をしてお煎餅をかじっていたケントくんの姿が、頭をよぎる。


(たぶん、小学校も同じで、隼くんのこと…知ってたんだろうな)


 それにアメリカに行く前に日本に来たのは、隼くんに会いに来たんじゃないのかな。


(隼くんはどうなんだろう。気づいていないようにも見えるけど…。でも)


 隼くんは、ごまかすのが、うまいから………。




 りりかちゃんが自分の店に戻り、私は仕込みをおおかた終え、そろそろのれんを掛けようかと思いながら、カウンターの中に置いている冷蔵庫に下処理した肉や魚、作り置きの総菜などを入れていた。


「お姉ちゃん?」


 しゃがんでいた私は、立ち上がって声の方を向くと、妹の美和が開いている引き戸から、おそるおそるといった顔を出していた。うしろには義父が立っているのも見える。


「いらっしゃい」


 そう言ってカウンターから出て、椅子が七脚並んだカウンターの横を通ってふたりを迎えた。


「迷わなかった?」

「あはは、ちょっとね、迷ったよ」

「やっぱり」


 照れ笑いする義父。

 うちの商店街はよくよく地図を見てこないと、『だいたいあそこね』で行ったら迷いがちだ。


「うたちゃん、その格好、恵比寿様かい?」

「そうなの。けっこうイケてるでしょ?」

「うん、かわい――――」

「っきゃああああーわいいーーーっ。お姉ちゃん、かわいいぃーっっ」


 美和のツボにハマったらしく、両手を両頬に当てて体を揺らしながら、なにやらもだえている。……よかったね?











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