去りゆく秋とかぼちゃ
「ただいまー。あ、保おじさんに茉衣子ちゃんだ。いらっしゃい」
「おう」
「こんにちは」
昼休憩を済ませて伍郎と良江はKASUMIに戻ってきた。
「どこで食べたの?」「公園よ」などと良江と茉衣子が仲良くおしゃべりをしている横で、恵美は息子の伍郎をじっと見つめた。
「何?母さん」
「……なんでもない」
「そう?じゃあね」
「あ、私レジ代わります」
伍郎は調剤室へ、良江はレジへと向かった。そのうしろ姿に恵美は、はあぁー、と大きくため息を吐いた。
「これって、伍郎にやらせるべきだったのかしら」
「さっきのヤツか?」
「恵美ちゃん、呼んだかー?」
「保っちゃん。悪いね、急に」
KASUMIの店先で恵美と茉衣子ににらまれているチャラ男の背後から、すずの店主、保が声をかけた。恵美はチャラ男から目を離さない。
「ひぃっっっ」
振り向いたチャラ男が、背の高い保を見上げて悲鳴を上げた。額に一本傷があるスキンヘッドに口ひげサングラス、迷彩服を着た大男の登場にガクガクと震え、わかり易くおびえている。それから追い討ちをかけるかのように、保はサングラスを外し、眉なしの白目がちのぎょろりとした目でにらみつけた。
「ぎゃあああっっ」
両手で頭を守るように抱えて、しゃがみ込んだチャラ男。ヒョウ柄シャツから両肩が丸出しになっている。
「………。何なん?コイツ」
「良江ちゃんの元彼という名のクズ男よ」
「そう、クズです」
「っポイな」
「でさ、ちょっと話聞いたげてよ。私たちが話すより、よりわかってもらえるだろうからさ」
「………………」
何かくれというように、保は右手を差し出した。すると、恵美はその上に、ワゴンから取ったシャンプーを乗せた。
「そやねん。シャンプーて重要やねん。『美しい髪は頭皮から』。ちゃんと汚れは落とさなあかんねん。ふっ、これから…生えてくる髪のために、な」
恵美はちらりと保の頭を見てから、彼に渡したシャンプーをスッと取り返し、ワゴンに戻した。
「………………」
「………………」
「…あとで腹割って話そか」「望むところよ」と、お互い腰に手を当ててにらみあう。
「おじさん、おばさん、そろそろ……」
茉衣子が見かねて保と恵美に声をかけた。ふたりはそろって、『あ』、と気づく。
「そやった、そやった」
にっ、と茉衣子に笑顔で答えてから、保はチャラ男のシャツの襟首をつかんで立ち上がらそうとした。しかし、生地がツルツルだからか、シャツだけがつるんと剥けた。その勢いで、チャラ男は両手をバンザイのように上げて尻餅をつく。裸の上半身は、腕は細く、あばら骨がくっきりと浮かんでいる。ほっそ、と恵美がつぶやいた。
「あー。悪い、兄ちゃん。大丈夫か?大丈夫やんなあ?」
はいよ、とシャツをチャラ男に返し、「ええ柄やなぁ。俺好きやわ、この柄」「兄ちゃん、ええ趣味してるやん」などと、笑顔でチャラ男の薄い背中をバシバシたたく。
その目は笑っていない。ゲホゲホと涙目でせき込むチャラ男。
「――――ところで。兄ちゃん、良江ちゃんの彼氏やったんか。けどもう別れたんやろ?別れてんのに何しに来たんや?」
「いや……そ、その…、なっなんというか……」
「わざわざ良江ちゃんの職場まで来て……。あー、ようテレビであるな。嫌がらせで会社に押しかけて、
保はチャラ男の肩を抱いて、「あっはっはっはっ。ドラマかっちゅうてな。一緒にしたあかんがな」と言って、大口を開けて笑った。
「なぁ?そうやんな?…違うんか?」
さっきまで笑っていた保から一転、にらまれるより怖いかもしれない“
「たーまたまー、入ったドラッグストアにー、元カノがー、働いとった、てー、こと、やんなー?」
こくこくこく。
「よかったわ。兄ちゃん、話わかる子ぉで。おっちゃん、せっかちやからな、話長なんのん嫌いやねん」
あはっ…あはは、は……………。
「それにな、ほら、おっちゃん、話ヘタやろ?そやからなー誰か呼びたなんねん。ほら、ツッコミいるやろ、ツッコミ。呼ぼか?誰がええ?いろいろおるで、おっちゃんのトモダチ」
ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる。
「えー。いらん?そうなん?…残念やわ、おもろいのに。ん?なに、寒いんか?それ着ぃや」
そろそろ終わるかと、その横で恵美は大きくあくびをしたあと、凝った肩を目をつむってもんでいる。
「むっちゃ震えてるやん。風邪ひいたんちゃうか、もう帰ったほうがええで。な」
そう言ったあと、保はチャラ男の首に腕を回し、ぐっと顔を寄せ、耳元でささやいた。
「……ええか。二度と来んな。もし、
沈めんで?
そう、保の口元が動いた。
きゅっと保が軽く力を込めると、チャラ男は慌てて声が裏返りながら叫ぶ。
「来ませんっ。来ませんっ。絶対に絶対にっ、に、二度とっっ、死んでも来ませえーーーんっっっ」
ヒョウ柄シャツを乙女のように抱えながら、チャラ男は走り去った。背中には、保の大きな手形が赤く付いている。
「「「………………………………」」」
「死んだら来られへんがなーて、追いかけてツッコんでこうかな」
「あら、背中、大きな
「秋ですから?」
保と恵美は「うまい」と、パチパチと拍手をした。
「だってさ、困ってるときに
「はいっ。あ……いやっ、その……」
「よせやい」
「照れんな、ハゲ」
ペチッと頭をはたきたかったが届かないので、恵美は保の脇腹をグーでたたいた。
「えっと…、でも良江、楽しそうですよ、ここで働くようになってから。明るくなったような気がするし」
「そお?」
「ほっといたらええって。くっつくもんはくっつくし、あかんもんはあかんもんや」
「でもねぇ、じれったくって。――――茉衣子ちゃんも」
「えっ、わっ私!?」
急に話が回ってきた茉衣子は、顔が赤くなって焦る。と、そこへ“颯爽と現れるヒーロー(?)”がやって来た。
「たぬっぽんやん」
なんとなく肩を落として、なんとなく哀しそうな、気がしないでもない商店街のマスコットキャラクター、“たぬっぽん”。
いま、“彼”は、かぼちゃの被り物をしていない。
……黒く、汚れてしまったので、中で
「…………」
微笑んでいる顔が、より哀しい。頭に刺さっている赤い花も、
「どないしたんや?」
「
「………………………」
「わかった」と言って、たぬっぽんの肩を、ぽんぽんとたたいた。そして恵美に向かって、保は言った。
「シャンプー下さい、やて」
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