恵美ちゃんと保っちゃん
私を見て大爆笑な男性。
まぁ、我ながら面白い格好をしていると思う。しかもいま片手に五箱パックのティッシュと、ついでに買ったトイレットペーパーをもう片方に持っている。生活感にあふれた恵比寿様だ。
(あー。卵もうないんだ)
鯛型ポシェットの中は
それにしても、この人も何かの仮装かしら。てろんてろんのシャツは素肌に気持ち良さそうだけれど、ボタン開けすぎてるからお腹抱えて笑った拍子につるんって片方の肩丸出しで、なんかカッコ悪。んー、見る人が見れば、色っぽいと思うのかも?…ない?
いち、にー、さん、しー…、耳の輪郭に沿って隙間がないくらい見事にぐるりとピアスしてる。なんか似てるのあったよね。ノートみたいなので…えーと、なんて言ったっけ。うーん。
でも、これ、セーターとか脱ぐとき引っ掛からないのかな。引っ掛かって、耳がブチッと…全部ブチッと…なったら…、ほら、食パンかじったみたいな歯形に………。
(~~~~~~~~~~~~)
くーっ、痛そ~~。
「うたさん」
「あら隼くん、いいところに。配達で横丁の方行くなら、
「おばさん、“保っちゃん”て?」
「ほら、茉衣子ちゃん、お好み焼き“すず”の親父よ、保っちゃん」
「ああ!そうでした、ごめんなさい!」
「名前呼びしてるの少ないからね。大丈夫よ、そのうち今度は向こうがボケて忘れるから。あははっ」
「親父さんに来てもらわなくても、俺が対処しますよ?」
「うーん。保っちゃんのほうが手っ取り早いでしょ」
「まぁ…」
「わかりやすいですね」
「お…おい。何、言ってんだよぅ」
「……じゃ、俺、うたさん送っていくんで。親父さんに言っときます」
「はーい。よろしく」
「………………」
「な…なんだよぅ……」
「はいはい。よそ見すんじゃないよ。これからじっくりと話をしようじゃないか。いや、じっくりかあっさりか、どっちを選ぶかは…あんた次第だよ」
「え………………………」
「うたさん?」
「…はっ。隼くん、いつの間に。さっきまでKASUMIにいたのに。さすが、忍び?」
「はははっ、でしょう?」
「あ。あのね、いきなりなんだけど、紙をとじるやつで、輪っかがずらーっと付いてる文房具あったよね、なんて言ったっけ?」
「…………。バインダー、ですか?」
「それ!そうそう。はあー、すっきり」
「そのバインダーと、さっきうたさんが渋い顔?してたのと、何か関係ありますか?」
「!!~~~~~~いったぁ」
「っ!どこっ?!どこがっ、痛いんですかっっ、病院、病院っ行きましょうっっっ」
「あ。い、いやいや違う違う、違う隼くん、違うのー」
なんとか隼くんの誤解を解いて、あれ?ティッシュとトイレットペーパーは?
……これまたいつの間にか隼くんが持ってくれていた。自分で持つと言っても、
「もう持ってしまってますから、いいじゃないですか」
と押し切られてしまった。
「ん?隼くん、店に戻らなくていいの?」
「戻りますよ。すずの親父さんにちょっと言伝あるんで、そのあとで」
お好み焼き“すず”は、うちの店の隣(ミラクルハニー)の隣だ。
「あ、親父さん」
横丁の手前で、すずの店主のおじさんが出てきたところに出くわす。ちょうどよかった。
「おう、楽しんでやっとるかー、おふたりさん」
「よかった、いまから伺おうと思ってたんです。KASUMIの奥さんが、親父さんに店まですぐ来てほしいって仰ってましたよ」
「
軽く片手を上げて、すずのおじさんはKASUMIに向かっていった。
この商店街でいちばん背が高く、がっちりとしたプロレスラーのような体格。頭はスキンヘッド、眉毛もない。目つきが鋭く、額にはひと筋の傷跡が走っている。いつもはド派手なスウェット上下を着ているが、いまは仮装で迷彩服にサングラス、付け口ひげという格好だ。某漫画のキャラらしい。
「いつ見てもいいわぁ」
「えぇっ!?うたさん!?」
「だって寝癖の心配いらないでしょ、おじさん。あ、でも枕とかの寝跡は付いちゃうのかしら、折り目とか」
「………………………………………………」
あはははは、と隼くんは大笑いをした。
「そっ、想像してしまったじゃないですか」
枕にハートやら星やらのかわいいアップリケが付いていたら、その跡とかね。ははっ。今度プレゼントしようかしら、ボコボコした枕カバー。
「憧れなのよ、丸坊主ヘアー。あっ、ヘアーじゃないわね、毛がないから」
ふたりでお腹を抱えて笑った。
ちなみに、“保っちゃん”こと、すずのおじさんは、関西出身で孫娘にメロメロな陽気で優しい人だ。
額の傷は、台所で立ち上がったときに開いていた扉の角で切っただけ。髪はちょっと薄くなったから潔く、で、眉毛は昔抜きまくったから生えなくなったらしい。
人を見た目だけで判断してはいけない。
……………ちょっとだけ、昔やんちゃをしていたらしいけど。KASUMIのおばさんと一緒に。ほんの、ほーんのちょっとだけだからね、とおじさんとおばさんは念を押すように言っていた。
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