商店街の人々と仮装③

 自分だけが聞こえるボッボッという顔が燃える音を立てながら、白雪姫は来夢へと帰っていた。が、途中、足が止まる。


(あれ………、良江の元彼じゃない?)


 KASUMIの店先で中をうかがう、見るからにチャラそうな男がいた。

 ――――さきほどとは違う意味の燃える音が白雪姫から聞こえる、ような気がする。


 ポコン。


 白雪姫が持っていたおぼんが少しへこんだ音は、しっかりと聞こえた。






「あ、たぬっぽんだ」


 公園で仲良くおいしくお弁当を食べ終えたうっかり団子とメドゥーサ。

 食後のお茶を楽しんでいたふたりは、タヌキのような商店街のマスコット、“たぬっぽん”がやって来たのに気づく。

 普段は赤い花が一本刺さっている頭に、今日はかぼちゃの被り物をして、そこからのぞく顔は、どこを見ているかわからない不気味な微笑みを浮かべている。

 疲れているようにも見えるたぬっぽんは、ゆっくり歩いて、うっかり団子とメドゥーサから少し離れた斜め向かいのベンチに座った。


「たぬっぽんって………タヌキですか?」

「うーん………。タヌキ、かもしれない」


 ふたりに観察されていると気づいていないたぬっぽんは、着ぐるみ界の鉄のおきてを破ってしまう。


 ――――頭を…外してしまった。


「「!!!!!!!!!!」」


 うっかり団子とメドゥーサに衝撃が走る。を見てしまったふたり。


 そこには……暑苦しさから解放され、ほぅっと気の抜けた男の顔があった。

 男は斜め向かいのうっかり団子とメドゥーサの視線に気づき、しまったと思ったが、もう遅い。バッチリ見られたので、男は照れ笑いでごまかした。


 ……しかし、うっかり団子とメドゥーサは、驚がくの表情のまま固まっている。


「「………………………」」


 斜め向かいのふたりが固まり続けているため、男の照れ笑いはだんだんと引きつり笑いになった。すでに着ぐるみの中で汗はかいていたが、また新たな汗が流れていく。


「「………………………」」


 居た堪れなくなった男は、もう戻ろうと腰を浮かせた。と同時に後方から、かわいらしい子供の声が聞こえた。


「たちゅっぽうーん」


 手にミカンを持った小さな女の子が、母親と一緒にやって来た。

 たぬっぽんいたね、よかったね、などと、母親は優しく声をかけている。




 子供の夢を守らなければ!




 男は慌てて、横に置いていた“りりか特製かぼちゃの被り物付き頭”をつかんだ。

 幸い、女の子の視線はたぬっぽんの体に向いており、頭部の現状態に目が行っていない。急げ!


「ちゃにゅっぽーう」


 手を広げ、とてとてと近づいてくる女の子。母親は異変(頭)に気づいたようだ。


 そして――――


 男が勢いよく持ち上げた途端、つるりと頭(中身)が落ちた。男の手には、かぼちゃの被り物(外身)だけが残った。

 コロコロと、女の子の方へ転がる頭。“微笑み”“後頭部”“微笑み”“後頭部”……と近づいてゆく。




 ゆっくりと、流れる時間。すべてが、スローモーションになる。




 立ち止まった女の子は、自分の足元に転がってきた哀しい“たぬっぽんの微笑んだ頭”を、見た。それから、前方の体を見上げてゆく、まるでコマ送りのように。


 そして、ついに……………。




 女の子の澄んだ瞳に映る、残酷な現実。




 控えめな毛量の髪は、水から上がったときのようにべっとりと頭の形に添ってうねりながらへばりついている。そしてそこからしぼり汁のような黒い液体が、顔に首に、いくつも筋を成していた。


 そこにあったのは――――増毛スプレーによる黒い汗でダラダラの男の顔。


 そしてその自分の惨状を知らない男は、ただ純粋に少女のため、“とにかく隠さねば”とかぼちゃの被り物だけを頭に被る。…しかしそれは、人間にとっては大きすぎた。着ぐるみの丸みを帯びた体に、かぼちゃがめり込んでいるように見える。




「「「「「………………………」」」」」




 時が止まる。


 固唾かたずむ。


 次の瞬間――――




「……ぅ、わぁ…、………っうわあぁぁぁん」




 響き渡る幼女の慟哭どうこく


 かぼちゃの被り物の中で、男も泣きたくなった。






「おばさん、セールのティッシュ、まだ残ってる?」


 KASUMIの店先で商品の補充をしていた悪徳廻船問屋がピンチのときに呼び出される用心棒の先生に、恵比寿様が声をかけた。


「あとちょっと。急いで~」


 五箱パックで、なんと百九十八円。恵比寿様は早足で店に入っていった。


「すんませーん。ココに良江いるっすかあ?」


 イラッとする話し方に、チッと心の中で舌打ちをした用心棒先生が振り返る。


 光沢のあるヒョウ柄シャツのボタンを三つも開け、そのしっかり開いた隙間からは、ジャラジャラと何本もネックレスをぶら下げているのが見える。耳にはびっしりと縁取りしているかのようにぶら下がるピアス、そこかしこに金のメッシュを入れた茶髪に、首と色が違う顔、変に赤い唇。


 人を見た目で判断してはいけないのは、わかっている。

 だけどどうしても、どう頑張っても、生理的に無理だと思うことはあるのだ。


 キモ。


 用心棒先生は眉間にしわを寄せて、「あ゛ぁ゛ん?」とでも言うように斜め四十五度から顔を近づけ、にらみつけた。


「ひっっ」


 わかりやすくビビったチャラ男に、チッと、今度はしっかりと舌打ちをした用心棒先生。そのとき。


「あんた何しに来たの?」


 うしろから聞こえたハスキーボイス。そこには、くの字に曲がったおぼんを持ち、憤怒の形相で立っている白雪姫がいた。


「え………。あっ、まっ茉衣子ちゃん?」

「寄るな、クズ!」


 白雪姫は、チャラ男が近づかないようおぼんを勢いよくひと振りした。


「っぶねー…。はっ、ははっ…。茉衣子ちゃん、あ、相変わらずキレーじゃん。そのカッコ、何?お姫様?」


 知った顔に会って、チャラ男はホッとしたようだった。


「……。茉衣子ちゃん、誰こいつ?」

「良江の元彼です。芸能人と付き合うために良江を事務所に入れて、モデルや女優を無理やり紹介させて、あっさり捨てました。それまでにも、遊ぶお金をせびったり、ブランドの服や貴金属を買わせたり、それから良江の財布から勝手にお金を盗ったり…。しまいには借金の保証人にさせようとしました」

「典型的ね」

「ええ。テンプレです」


 ふたりの会話に気づかないふうで、口笛を吹きながら前髪を弄るチャラ男。

 そこへ、百九十八円ティッシュを激闘の末にひとつ買えた恵比寿様が、ホクホク顔で出てきた。


「ぷっ。何コイツ。あっはははっ、ブスすぎーウケるー」


 恵比寿様を見て、チャラ男は指を差して大笑いをする。




「「………………」」




 ボキボキと指の鳴る音と、おぼんが再度凹む音がした。



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