商店街の人々と仮装②

「良江ちゃん、昼休憩だよー」

「あっ、はい」

「どこ行こうか?何か食べたいものある?」

「あの…伍郎さん、えっと、じつは今日…お弁当、作ってきたんです。だからその………」


 KASUMIの、商品が山積みになっているバックヤードで、メドゥーサは紙袋を持っている。ここで働きだしてから、お昼はいつもごちそうになっていた。申し訳なく思っていたメドゥーサは、ふたり分の弁当を作ってきていたのだ。


「え、僕のも?」


 そう言って目を丸くしたのは、小袖を尻絡しりからげ――――うしろをまくり上げた裾の端を帯に挟んだ姿に、股引ももひきをはき、脚絆きゃはんを付け、足袋たび草鞋わらじを履いた、旅に行きがち水戸からの御老公のお供のひとりである団子好きのうっかり者。

 頭にはピンク白緑の三色団子カラー手ぬぐいを、風呂などでよく見る置手拭おきてぬぐいという被り方で載せている。そしてご丁寧に、出かけるときには菅笠すげがさと引廻し合羽かっぱと振り分け荷物まで用意されていた。


「はい………。あまりおいしくないかも、しれませんけど………」

「やった!ありがとう!」

「いえ…」


 メドゥーサは、恥ずかしそうに顔を赤らめ(青緑色の肌の下では赤くなってい)た。


「そうだ。せっかく作ってきてくれたんだから、外で食べようよ。近くの公園でさ」

「はい」


 うっかり団子とメドゥーサは、仲良くランチに出かけていった。






 パール美容室に出前に来た白雪姫は、常連客の髪をカーラーで巻いているムーンウォークが得意なポップスのキングに声をかけた。


「こんにちはー。来夢ですー」

「いやだ、茉衣子ちゃん?きれいだわー、かわいいわー」

「ホント、お姫様みたいだわあ」

「あんた、白雪姫なんだからそりゃお姫様だわよ」


 常連客に突っ込むキング、マイコー。


「あはは。おばさん、どこに置きましょうか?」

「そこの机にお願い」


 マイコーが目で示すレジ横のテーブルに、茉衣子まいこ、ではなくて、白雪姫はホットコーヒーとアイスコーヒーとサンドウィッチを置いた。


「茉衣子ちゃん茉衣子ちゃん。どう?祐介くんとは、ムフフ、進んだ?」

「ねね、結婚は?いつ?いつ?」

「えっえっ」


 白雪姫の薔薇色の頬は、ボオォッと音が聞こえそうなくらい紅蓮に燃えた。耳も首も真っ赤っ赤で、雪姫になってしまっている。


「祐介くんイケメンだから狙ってる子いっぱいいるけど、大丈夫よ。茉衣子ちゃんひと筋だから」

「そうそう。相手にしてないわ。もしそれでもいく小娘がいたら、おばちゃんたち一同黙っちゃいないから」

「そうそう。茉衣子ちゃんと祐介くんは、いま商店街で注目のカップルのうちのひと組なんだから」

「そう!いま、三大カップルが大注目なのよ~」


 ピーッと、ヤカンが沸騰したことを知らせるような音が白雪姫の頭の中で鳴った。


「おおおおおおおおおおばさん、ああああああとででで、カッカッップッ、取りにきっききき来ますかラァ~~」


 カランコロンとドアベルを響かせ、白雪姫は脱兎のごとく美容室からいなくなった。


「………………」

「………………」

「かーわいい」

「ホントかーわいい」


 マイコーはアイスコーヒーを、ずずっと、ストローでひとくち飲んだ。その横ではカーラーを巻いたまま、常連客がサンドウィッチを摘んでいる。


「…ここに来る途中で見たんだけど、公園で伍郎ちゃんと良江ちゃんが、ふたりで仲良くお弁当食べてたわ」

「やっぱり伍郎ちゃんてば、りりかちゃんに振られたのかしら」

「違うわよ。伍郎ちゃんは、ただの“りりかちゃんファン”なだけよ。恋愛じゃないわ」

「あら、鋭い。じゃあ三大カップルの残りひと組の、あの子たちはどうなるとにらんでるの?」

「そりゃもちのろん――――」


 あーだこーだと勝手に言う無責任な噂話は、常連客が晩ご飯の買い物の時間になるまで続いた。






「はいー、天津飯とワカメスープ、お待ちぃ」


 チャンパオ男は、昼食を皇鳳の出前にした。女子高生が前でたまっていると魔女っ子(パート事務員)から聞いて、のぞくまでもなく施術室にまで聞こえてくるキャッキャとよく通る声にうんざりし、今日はほとぼりが冷めるまでここに籠もると決めたのだ。


「すごかったっすよ、前、女の子だらけで。いやぁ、祐介先生モテモテっすね。いいなあ」

「譲りますよ。どうぞ」

「い、やぁ………祐介先生、目怖いですって」


 ふぅ、と、チャンパオ男から嘆息が漏れた。


「あ、スタンプ押しますね。…イーッ。…イーッ」


 スタンプを押すたびに「イーッ」と言っている彼(バイトくん)は、某仮面のヒーローと敵対する悪の組織に属している下っ端戦闘員、一発でやられてしまう、いわゆる雑魚ざこキャラらしい。全身黒タイツのような衣装で、目と鼻と口が開いた覆面を被っている。


「なんで、『い』って言っているんですか?何が『い』んですか?」

「『い』じゃなくて『イーッ』っすよ、『イーッ』。俺好きだったんすよね、アイツら。すぐやられちゃうんだけど」

「ほぉ」

「じゃ、器、あとで取りに来ますね」


 最後にもう一度「イーッ」と言って、帰っていった悪の黒タイツ。


「………………」


 けっきょくよくわからなかったので、チャンパオ男はスマホを取り出し検索した。


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