商店街の人々と仮装①

「すいませーん」


 ドラッグストアKASUMIの誰もいないレジの前で、男性客がきょろきょろと周りを見渡しながら店員を呼んでいた。その間にひとり、またひとりと、客が並んでいく。


「たいへんお待たせいたしましたっ。申し訳ごさいません」


 パタパタと慌ててレジに立ち、頭を下げたのは――――メドゥーサ。


 青緑色のうろこがびっしりと描かれた肌、下の犬歯に付けた牙、金色のカラーコンタクト。そして、メドゥーサといえば、毒蛇の髪。銀色に染めたドレッドヘアのひと束ひと束を蛇に見立て、全体にうねらせている。


「あ、これ……。すみません、少々お待ちください。店長ー」


 小走りでやって来るのは水戸付近の御老公。


「ったく。まぁた伍郎のやつ、間違えやがったな。良江ちゃん、ごめん、それ商品名違うけど、値段は同じだから」

「はい、わかりました。あの、お客さま、値札の商品名と本品は違いますけれど、お求めはこちらでよろしいでしょうか?」


 グラビアアイドルだったころ、スーパーのチラシや雑誌の怪しげな広告のモデルをやることがあった。深夜の通販番組にも何回か出たことがある。ついそのときの、“いまならなんともう一本”みたいにメドゥーサはにっこりと掲げた、“増毛スプレー”を。


「はい…………………………………………」


 うしろに並んでいるほかの客は、その男性客に心の中でエールを送った。






「悪いね、茉衣子ちゃん」

「いいえー、久しぶりで楽しいですから。じゃ、マスター、出前行ってきます」


 古代エジプトのファラオに頼まれた白雪姫が、おぼんにホットコーヒーとアイスコーヒーとサンドウィッチを載せて喫茶来夢から出てきた。


「じーさま、たまちゃん、行ってきますね」


 ベンチに座ってニコニコとしている学生帽の詰襟つめえり男子と、彼の膝の上で微睡まどろんでいるセーラー服女子にも声をかけていく。


 白い肌に薔薇ばら色の頬と唇、短い黒髪に赤いリボン。ウエストで切り替えのあるすっきりとした半袖のパフスリーブのドレスは、上が落ち着いた紺色で、下のくるぶしまであるスカート部分にはチュールが被せられ、色は柔らかな黄。

 まるで絵本から抜け出してきたような白雪姫に、行き交う買い物客が振り返る。そんな視線に気づかないで魅せる美しい笑み。


(裾がひらひらしてて、かわいい。ふふっ。袖も丸くてかわいいー)


 ご機嫌な白雪姫は、童謡を歌いながらさっそうと歩いていった。






 薄い水色の、見様によっては銀色に感じられるサテン生地で仕立てた妖艶なチャンパオ。右肩から背中に回ってぐるり、左腰から下に白い龍の刺しゅうが施されている。

 チャンパオ(長袍)とは、中国漢王朝時代からの伝統的な衣服だ。

 そんないつもと違う装いのせいで、より疲れているチャンパオ男がいた。


(あー疲れた。あー腹減った。あーー、昼どうしようかな)


 木津鍼灸接骨院の時計が昼の二時を回ったころ、ようやく午前最後の患者に施術を終えた。


「祐介先生、じゃあ休憩行ってきます」

「はい。お疲れさまでした」


 とんがり帽子を被った魔女っ子(パート事務員)が出入口の扉に手を掛けたが、すぐに戻ってきた。


「なんか、前で女子高生たちが、ミカン片手に写真撮ってます」

「は?ミカン?」






「りりかちゃーん、あれちょうだーい、あの…虹色のやつ、スッパーリング」


 これでもかとフリルが付いたピンクのワンピースを着て、昔一世を風靡ふうびした髪型のウィッグを被った女性アイドルが言う。


「はーい。順子ママ、スパークリング・タピオカ・レインボーアイスシャワーね」


 そう言って、カラフルでファンシーな店のカウンターから顔を出したのは、裾には蝶、左肩から胸にかけては般若はんにゃが大胆に描かれた黒地の訪問着の下前(右肩)を出した姐さん。手際よく作った七色でシュワシュワなタピオカのドリンクを、姐さんは女性アイドルに渡す。


「順子ママ、二日酔いでしょお」

「そうなのー…。ゆうべ盛り上がって、フィーバーしちゃったあ」

「イザワミートのおじさまとですかあ?コロッケ揚げるの、つらそうでしたから。二日酔いに揚げ物のにおいはキツイー。でも、ふふっ、包帯巻いてるから顔色悪いの、ばれなくてよかったですよねぇ」

「ミイラ男ね。んふふふっ、じつは違うのよ、りりかちゃん。イザワちゃんね、魚信の信ちゃんがカラオケで歌ってるときに、勢いよく顔を割り込ませて信ちゃんが持ってたマイクに口ぶつけちゃったの。ガツンと。思いっきり。でね、酔っぱらってるから、痛みを感じないし血も出てないからイザワちゃん『平気だ』って言って、そのまま歌ったり飲んだりしてたんだけど、だんだんぷくーっと腫れてきたの」


 女性アイドルは、伸ばした自分の鼻の下を指差した。


「氷で冷やしたりして、でも今日はもう帰ったほうがいいって言って、無理やり帰したんだけど…。二日酔いより痛いんじゃない?コ・コ。ウサギちゃんみたいにポコッとなってて、痛そうだったわあ」

「…………認めません」

「え?」

「あ!それじゃあ、包帯、“顔色”じゃなくて“腫れ”隠しですねっ」


 そのとき、タピオカドリンク専門店LAVI LAVIの前を歩いていたひとりの男性が、ぴくっと反応した。手にはドラッグストアKASUMIのレジ袋を持っている。


隠し』『隠し』


 ひと文字違いで意味が大きく変わる。

 軽く首を振って、男性は哀愁を漂わせながら去っていった。




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