恵比寿様とミカン

 ばたばたと日々の生活に追われていると、ひと月なんてあっという間に過ぎていく。


 そしていま、私は狩衣かりぎぬという上衣に、指貫さしぬきというはかまをはき、頭にはちょこんと風折烏帽子かざおりえぼし、釣りざおを持ち、たいを模したポシェットを斜めに掛け、ひょろりとしたひげの恵比寿様になっている。耳はケントくん作の超“福耳”だ。


「いらっしゃい、いらっしゃいー」

「安いよー。いまなら半額、どう?そこのお姉さん」


 スタンプラリー初日、田貫銀座通り商店街はにぎわっている。あちらこちらの店先には、ドレスやら着物やら鎧やら甲冑やら過去の偉人やら宇宙人やら、オマケになんじゃこりゃなファンタジーものまでを着た店員が、呼び声を上げて接客をしていた。


「これください」

「ピーマンね。はい、おつり。おーい!スタンプ押してあげてー」

「ガチャン。ガチャン。ウィーン。ハイ、スタンプ、デスネ。グギギギ。ピーマンオカイアゲ、アリガトゴザイマス。ピーマンハ、ワタ、ト、タネ、モ、タベラレマス」


 八百屋にプチ情報ロボがいた。


 スタンプラリーで仮装をするようになって、いつの間にかスタンプを押すときはみな、そのキャラになりきるようになった。けっこう、みんな楽しんでいるのだ。






「あー、おしゃかなー」

「ん?」


 お母さんと手をつないだ女の子が、私の鯛型ポシェットを指差して言った。私はポシェットに手を入れて、ひとつ取り出す。


「お嬢ちゃん、おさかなの卵をあげよう。ふぉっふぉっ」


 いちおう私的に恵比寿様っぽく言いながら、その子の握りこぶしほどの、ごく小さなミカン(卵)を渡した。じつはスタンプを押すときに渡そうかなと思って、仕込んでいたのだ。帰りにミカンひとつもらっても困るかもしれないけど、そこはほら、ノリというか、持ってけ泥棒、みたいな?


「ありがとうございます。よかったね、ミカン大好きだもんね。ほら『ありがとう』は?」

「ああーとぅ」

「お利口さんじゃのお」


 ふふ、ミカンに夢中で私を見ていない。さっきも見てたのはポシェットだし。…意外に私、目立たない?気づかれてないのかしら。あ、ミカンじゃない、卵、卵。





 

(あ。隼くんだ)


 台車を押す忍び。

 口元が黒い布で隠されて、見えるのは目だけの全身真っ黒。忍び装束、格好良いわねぇ。あら、よく見たら台車もいつもより黒くて、忍んでる。そんな忍びに、そっと忍び寄ってみる。


「山」

「え?うたさん。山?………合言葉かな、えっと川?」

「正解じゃ。ふぉっふぉっ。これをあげよう」


 ポシェットからひとつ、ミカンを渡す。


「あははっ。ありがとうございます。なんでミカンですか?」

「ミカンじゃなくて卵のつもりよ」

「…鯛の?」

「鯛の」


 笑う忍び。その横で笑う恵比寿様。それを見ていた若い女性グループが、「写真撮らせてください」と言ってきたので、隼くんと快諾した。宣伝になるしね。


「生みたてじゃよ。ふぉっふぉっ」


 はい、卵(ミカン)。みんな喜んで受け取ってくれた。よかった。楽しんで、たくさん買い物してね。


 じゃあね、と店の開店準備に向かった。


「一緒に写真、いいですか?」


 お。隼くん、さっきの子たちにツーショットを頼まれてる。…ふーん。






 途中、すごい人だかりに出くわしてしまった。


(うわー、女子高生の塊。祐介先生の接骨院か。………機嫌悪いだろうな。騒がれるの嫌いだし)


 塊の中のひとり、金髪の女の子が私に気づき、声を上げた。


「かわいー!いくつ?」


 ………………………………………………。















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