深まる秋とかぼちゃ

「じゃ、おやすみ」

「気をつけてくださいね。おやすみなさい」


 いつものように隼くんに見送られ、ミラクルハニーから聞こえる歌声が遠ざかっていく。昼間はまだ暑さが残っているが、夜の自転車の風はわずかに秋を感じた。リーンと虫の音が聞こえる。


 スタンプラリーの準備は着々と進んでいて、今年うちの店はふたつ、“飲めるセット”“飲まないセット”を出すことにした。“飲めるセット”は瓶ビール一本とおつまみ三種盛り、“飲まないセット”は唐揚げのおろし和え定食だ。みなさん、スタンプを貯めて、ぜひお越しください。

 仮装の準備も最終段階に入ったらしく、りりかちゃんはうちでご飯をもりもり食べて、急いで店を出ていく。ケントくんもなにかと手伝ってくれているようだけど…りりかちゃん、自分のお店大丈夫かしら。


「やりたい」と一度も言ってないし、どちらかというと面倒…まぁそれは置いておいて、忙しそうなりりかちゃんに「何か手伝うわよ」と言うと、一拍置いて、「大丈夫ですう。本気マジ本気ほんきで。心の底から」と本気で言われる。目が笑っていない。たしかに。自分不器用ですから。


 洗面所で歯を磨きながら、ふと、今度美和に電話してみようかと思った。


 二階に上がり、布団を敷いて、内障子を閉めようかと窓を見る。

 そこには我が家の守護神(ヤモリ)が、いつものように張り付いていた。


「そろそろ夏が終わるわね。あともう少し、よろしくね」


 ヤモリの活動期間は春から秋。衝撃で落とさないよう、静かに内障子を閉めた。






 りりかちゃんが衣装合わせをしたいと言っていたので、店に行く前に“田貫銀座通り商店街振興組合事務所”へ行った。

 扉を開けると、足の踏み場もないくらい、物があふれている。半分以上は仮装用の衣装や小道具のような物で、あとはスタンプラリーの用紙、パンフレット、交換する商品などなどだ。その奥で、りりかちゃんが衣装に埋もれながら縫物をしていた。


「うたさぁん、ごめんなさーい、ちょっと待ってもらっていいですかぁ。ココ、すぐ仕上げちゃいますからあ」

「うん、大丈夫よ。ゆっくりやって」


 待っている間、広げられている衣装を見学する。


(フリフリの昭和アイドルのワンピース。誰が着るのかしら。あ、ウィッグもある)


(ん?これ包帯?長…。どんだけ巻くのよ。ひょっとしてミイラ男とか?ミイラ女の場合もあるか)


(これ、かぼちゃの被り物っぽいけど、………サイズがあり得ない)


「うたさん、お待たせしましたー」

「ううん。りりかちゃん、このかぼちゃ、頭に被るんじゃないの?あまりにもでかいよね?」

「あぁ、それ、たぬっぽん用ですう」


 たぬ?いや、なぬ?






「はいもしもし、お姉ちゃん?」

「美和?あのね、大したことじゃないんだけどね、えっと、来月うちの商店街でイベントがあるの。そのときにね、仮装するのよ、私たち店側が。いろいろと賑やかになるから…来る?」

「え、お姉ちゃんも仮装コスプレするの?面白そう!行ってもいいの?」

「うん。まあ、そんなに期待しないほうがいいとは思うけど…。お義父さんも『よかったら』って、誘ってみて」

「うん!絶対行く!」


 ふたりの気分転換に、少しでもなればいいかと思った。

 私はもう吹っ切れているから。


「お姉ちゃんは何になるの?」

「それは、見てのお楽しみよ」

「えー。教えてよぅ」

「駄目」


 恵比寿様………。ウケたらいいなと、思う。


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