英国でのケントと動画

 男が女になったり、十代の若者がシワシワの老人になったり、犬になったり猫になったり鳥になったりゾウになったり。そして、人間が何か、人間じゃない何かになったり………。自分が、違う自分になりたい。あのときから、そう、ずっと思っている。


 違う自分、違う何か、あり得ない何かにすらなれそうな特殊メイクに心惹かれた。


 昼間はメイクの専門学校に行って、夜はバーでウェイターのバイトをしている。お金を貯めて、本場アメリカの特殊メイクを勉強しに行きたかったから。




 ある日、バイトの休憩時間に、留学中で同じくウェイターとして働いている日本人、俊宏が動画を観ていた。聞けば家族から送られてきたんだと言う。小学生のころまで日本に住んでいたボクは懐かしくなり、つい自分にも観せてくれないかと頼んでしまった。日本語だけどいいのかと俊宏は聞いてきたけど、問題ない。そう言えば「じゃあ一緒に観よう」と快く応じてくれた。


 俊宏の両親は“田貫銀座通り商店街”という所で喫茶店を経営していて、この動画はその商店街のみんなで新年の宴会をしたときに撮ったものらしかった。


 カメラに向かって、『おーい、としー。頑張ってるかー』『お父ちゃんのことは忘れても、おっちゃんのことは忘れないでくださ~い』『なんだとー』『がっはっはっは』などと、とても楽しそうだ。小さいころは商店街が遊び場だったんだと、それを観ている俊宏は懐かしそうに話す。


『ぅお~い。隼く~ん。ビールなくらったよぉ~』


 酔って少し呂律ろれつが回らなくなった声が、画面から聞こえた。声の主は映っていない。


「………………」


 という名にドキリとする。




 助けてくれたのに………………。


 あのときのことを謝りたい。助けてくれて、ありがとうと言いたい。でも…………。


 もうボクのことなんか、会いたくもないかもな……。




『ピンポーン』

『はい~?誰か来らぁ?…ん~?うらちゃん、らに押したろ?』


 画面の端にお団子頭が見えた。

『イザワちゃん、それ何回目?』『そのあと、カミさんに叱られるまでがセット』などと言って笑っている声。俊宏は楽し気に「イザワのおじさん、変わってないなぁ」と言った。


『ビール足りてます?』

『あるある』

『ほか、何か注文してきましょうか?』

『いいって、いいって』

『もう隼くんも座って飲みぃや』


 あ………。


『はいはい、グラス持って』

『かんぱーい』

『今年もよろしくー』


 そこに映っているひとりの若い男性。ボクと同年代らしき彼。“しゅんくん”と呼ばれていた。


 斜めうしろからしか見えないが、どことなく、に似ている気がする。彼が大人になると、こんな感じになりそうだ。おまけに同じくか。漢字はわからないけど…。

 俊宏に聞こうか聞くまいかと悩んでいるうちに、休憩時間が終わってしまった。






 動画を一緒に観てから、俊宏とよく話すようになった。


「アメリカ留学?」

「うん。特殊メイクの勉強したいんだ」

「いつ行くんだ?」

「秋ごろかな。でもその前に…日本へ行ってみようかと思ってるんだ」

「じゃあさ、俺んち泊まったらいいじゃん」


 そんな迷惑をかけられないと思ったが……、正直、ありがたかった。


 けっきょく、俊宏に聞けずじまいだった。あの動画に映っていた“しゅんくん”が、ボクの思う“しゅんクン”なのかどうか。


 それを確認したい。それから――――。




「親父に聞いたらさ、せっかく来るんだったら一年ぐらいいれば?て言ってるけど」


 はは、一年はちょっと、時間が……………。三ヶ月ぐらい、かな。

 でも、それくらいゆっくりいられれば……うん、楽しいかもね。











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