誰と一緒

 実家から帰った次の日、いつもより早く店に行き、一週間分の掃除をしていた。


(なんかお腹減ったなー。そういやお昼食べてないわ)


 材料はあるけど、パッとすぐ食べたい。


(んー、あるのは冷凍ご飯と…。あ、きのうのお煎餅の残り、持ってきてたんだ。砕いて冷やし茶漬けのトッピングにしよう)


「うたチャン、おっ帰りナッサーイ」

「あら、ケントくん」


 開いていた引き戸から、ひょこっとケントくんが顔を出した。エプロンをしておぼんを持っているということは、来夢のお手伝いで出前でも行ってきたのだろう。


「いまからお昼?」

「そうなのよ。食べそびれちゃって」


 手の平サイズのごつごつ煎餅を一枚手に取る。けっこう、いや、かなり硬い。そういえばどこだったか、木づちで割ってから食べるお煎餅があるらしい。武器?歯折れないのかしら。


「あ……それ…」

「あぁ、砕いて入れたらおいしいの」

「………………。あの、それ……」

「ん?お煎餅?」

「その…、よかったら一枚くれない?」

「いいけど、きのう開けたのよ?いいの?あ。そうか、ケントくん、お煎餅好きだって言ってたわね」


 残り物だけどどうぞ、と言って“お徳用”と書かれた袋を渡す。

 ケントくんは一枚取り出すと、裏返したり透かしてみたり、匂いを嗅いだり手触りを確かめたり、そして、じっくり見てから意を決したように、がりっとかじる。


「………………。これ、どこで売ってたの?」

「実家の最寄りの駅前にあるスーパーよ」

「それって、なんていう駅?」


 駅名を言うと、ケントくんはものすごくびっくりした顔をした。


「ケントくん、知ってるの?」

「うん。二年間住んでた、小学生の時」


 なんと、世の中って意外に狭いのかもね。隼くんもだし。


 ん?ということは。


「そうだ、じゃあ隼くんのこと知ってたりする?ふたり同い年よね?じつは隼くんも同じ町内だったのよ」

「………………」

「ケントくん?」

「うたチャン。それ、秘密にしてくれない?」

「…………。…いいわよ。秘密ね」

「ありがとう。ほら、スタンプラリーの仮装に関係するからさ。驚かせたいんだ」


 そう言って、ウィンクをしたケントくん。でも、一瞬哀しそうな目をしたように見えた。それからもうひとくち、ケントくんはお煎餅をかじった。


「……………んー、だと思ったんだけどなぁ。違ったのかなぁ。似てるとは思うんだけど」


 ケントくんは首を傾げている。


「ケントくんが昔もらったって、言ってたのと?」

「うん」

「んー……。同じだけど、同じじゃないかもね」

「え」

「だって、そのときと状況が違うじゃない。体調だって気持ちだって、季節だって年齢だって、どこで、誰かと一緒、かどうかでも違うわ」


 想い出補正。過去はプラスαされがちだ。


「私もね、久しぶりに食べたのよ、そのお煎餅。お煎餅だけじゃないけど、いろいろ」

「うん」

「いまのほうが、断然おいしいの。同じものなのに」




 昔、私にとって食事とは、食べるという行為だけだった。おいしいだとか、うれしいだとか、幸せだとかを感じない、胃袋に詰める作業。いっぱいにしたい、いっぱいにしたい――――何かを。


 高校を卒業して家を出て、おばあちゃんちに住んで店をやって……。私の作ったものをおいしそうに食べてくれて、それを見てうれしいと思えた。


 べつに手料理でなくても、外食でも、コンビニのパンでも、ひと粒のチョコレートでも、おいしいねと感じあえる相手がいるというのは幸せなことだ。




 食べる?

 うん。ありがとう。




「…………そっか」


 ケントくんは、「ごちそうさま」と言って来夢に帰っていった。







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