アウトとセーフ②
祐介くんのアウトで、ようやくチェンジとなった。左手にぶかぶかグラブをはめて、担当のレフトに向かう。
子供たちは打つほうが楽しいみたいで、守備は無し。私はどちらかというと、打つより守るほうをやってみたかった。んー、というより、ただ単にグラウンドに行ってみたい。広々として気持ちよさそうだし、そこから見たらどんな感じかなと。
ピッチャーをやってみるかと勧められたケントくんだが、「無理無理ー」と言って辞退。悩んだ末ライトに決定した。センターは隼くん。ピッチャーはドラッグストア“KASUMI”の店長で伍郎くんのお父さん。キャッチャーはお好み焼き“すず”のおじさん。ファーストは喫茶“来夢”のマスター。セカンドは茉衣子ちゃん。ショートは“ミツヤ花店”オーナー。サードは祐介くん。りりかちゃんは応援担当で、良江ちゃんは私と途中で交代予定だ。
コロコロコロと男の子が打ったボールがサードに転がってゆく。祐介くんは拾って、ゆっくりとファーストに投げる。おそらく、わざと大きく外したボールは手を伸ばしているマスターのうしろでバウンド、ライトのケントくんに向かって転がっていった。
するとケントくんは、アイドルも顔負けの弾ける笑顔で、『任せろ』と言うように片手を挙げた。それから、ダイビングキャッチ?て言うのかな、水泳の飛び込みのように手を前方に伸ばしてゆっくりと滑る。腹ばいで両手両足を伸ばしたままのケントくんの手前で、ボールがピタッと止まった。その距離感とタイミング、バッチリ。
顔を上げたケントくんは、本当に楽しそうに笑っていた。
「ホームラン打っちゃうよ~」
伍郎くんが打席に立った。ストレートで空振り三振。はい瞬殺。
……子供たちに怒られて、おばあさんたちに慰められていた。
あ。
ボール、高く上がった。
お、私の所に飛んできた。えっと、この場合、手は…上?下?どっちが正解?
上、下、上、下、うーん――――上にしてみるか。よっしゃ来ーい。
「隼くん、ナイスー。よく追いついたよね」
「キャーッ、カッコいいー」
「やだぁもお、うたさんってば、まだ上見て両手上げてるう。なんか召喚しそう~。うふふっ。伍郎さぁん、いま、ちょっとうたさんが呼んでるような気がしますう」
「えっ?いま?じゃあ行ってくる――――」
「あー。手下ろしちゃった。召喚失敗~。伍郎さん、もういいでえす」
「?いいの?行かなくて?」
「ん?」
かなりうしろで隼くんが捕ってくれていたようだ。
………そんなうしろだったの………。
手が上だの下だのの問題以前の話よね。私、ぜんぜん違う落下地点に立ってたんだから。まぬけだわー。
「ごめんね、隼くん」
「いえいえ。うたさん、怪我にはくれぐれも気をつけてくださいね。あ、熱中症にも」
泣ける…。
超絶素人の足手まといでしかない私と、私よりかは遥かにうまいが野球初体験のケントくんの補助をしてくれている隼くん。
いま、この外野はほぼ隼くんで賄われている。…九十九パーセントが私の尻拭いだ。誠に申し訳ない。
「ホームラン打っちゃうわよ~」
さきほども聞いたようなセリフの主は、スナック“ミラクルハニー”の順子ママ。うちの店のお隣さんである。
するとKASUMIのおじさんは両手で、『うしろへ下がれ』というようなジェスチャーをした。そして――――
有言実行。
順子ママの打った球は見事、場外ホームラン。KASUMIのおじさんはがっくりと肩を落とし、すずのおじさんは打ちひしがれているかのように地面にうずくまっていた。
来夢のマスター、茉衣子ちゃん、ミツヤのオーナー、祐介くんとハイタッチをしながら、外野の私たちには笑顔で両手を振りながら、順子ママはゆっくり塁を回る。そのあいだも、ずっとすずのおじさんはうずくまっていた。よく見るとすずのおじさんはホームベースを覆うように丸まっている。
そして順子ママはホームベースへ。しかし、すずのおじさんの大きな体が邪魔でベースを踏めない。
順子ママは、うずくまっている体の大きなすずのおじさんを退かすように押していたが、動かない。何度か押したあと、順子ママはすずのおじさんの耳元に何やらささやいた。すると瞬時にすずのおじさんは転がるようにホームベースから離れて、その横に正座をして、『ささ、どうぞ』と言わんばかりに手を広げた。
あとですずのおじさんに何を言われたのか聞いたけど、「それは…………」と言って遠い目をしたまま固まったので、…まあ、世の中、触れてはいけないこともあるのかもと、そっとしておいた。
――――そんなこんなで、ルールや点数など関係のない、ただただ遊ぶための野球大会は楽しく終了した。
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