ヒラリーとユウティス⑤~前世

 ガゼボで、ほとんど具のないスープとパサパサのパンと干からびたチーズをユウティスは流し込むように食べ、ヒラリーを急かして森の館へと戻る。


「ヒラリー、早く早く」

「お、お待ちください、殿下…!」


 初めは、なんとなく歩くのが早いかも?ぐらいだった。それがいつの間にか、しっかり早足になり、今ではすっかり駆け足となっている。

 先を行くユウティス、追いかけるヒラリー。

 ヒラリーは、お仕着せのスカートが長いので走りづらそうだ。おまけにこの雪道である。そんなヒラリーを心配そうに、ユウティスは何度も何度も振り返る。


「でっ殿下、はぁはぁ、よ、よそっ見をしては転………」

「!」


 …………んだ。それを見て、慌てて駆け寄ろうとしたヒラリーも、転んだ。ふたりして顔から、イッた。


「あいたた」

「いた……。はっ、殿下、大丈夫ですかっ」


 お互いがお互いを見ると、ふたりとも同じく額に擦り傷ができている。


「あはは。おそろいだねぇ、ヒラリー」

「殿下っ、手当をっ。お手当をっ。殿下のっ早くを手当おっ」


 にじむ血に、テンパるヒラリー。


「落ち着いて、ヒラリー。これくらいなめときゃ治るけど、いちおう、そこの湧き水で洗っとこう」


 ユウティスは、ヒラリーの手を引いて館への帰り道から少し外れていく。


 ヒラリーが冷静さを取り戻したころ、岩がいくつか連なった隙間からきれいな水が流れている場所に到着した。


「はっっ。もっ申し訳ごさいませんっ」


 手をつないでいることに気づいたヒラリーは、顔を真っ赤にして焦って離れた。


「ほら、ヒラリー。おでこ洗おう」

「はっはい」


 湧き水は冷たいを通り越して痛いぐらいで、ユウティスに風邪をひかせてはいけないと思い、ヒラリーは手ぬぐいをぬらして固く絞った。それでユウティスの傷を拭こうと、隣を見ると――――


「ううううううーつううううめええたいいいいい」

「!!!!」


 ユウティスは、じかに頭を突っ込んで、額を洗っていた。


「だって手が冷たいじゃないか。いちばんぬらしたいのは、おでこだし。それにそのほうが早い――――あっ早く戻らないと」


 そのまま行こうとするユウティスのびしょぬれの頭と顔を、ヒラリーは追いかけながら拭いた。




「殿下。なぜそんなに急いでいるのですか?」


 ユウティスの行動範囲は、館を含む森の中とガゼボだけだ。なのに、今日は王宮の中まで入ってきた。本気だかどうだかわからないが、厨房まで行こうとすら言った。


 彼は、


 とにかく、早く館に帰りたいのだ、ヒラリーを連れて。






 なにはともあれ、館に帰り着いたふたり。


「こっちこっち。早く、ヒラリー」

「殿下?」


 ヒラリーは、ユウティスに付いて館の裏に回った。そこには――――


「あ…」




 白い雪の中、ひとつ、赤い花が咲いていた。


 いま、世界は単色モノクロではないことを証明している。


 上を見て。空は何色だ。




「ヒラリー、ここに雪かけてー」


 ユウティスは寝転がって、頭の天辺の髪の毛をひと束、握りしめていた。そして、「ココ、ココ」と、その毛束を指差している。


「?」


 訳がわからないまま、ヒラリーは両手に雪をすくってきた。


「やっぱり、ふたつがいいかなぁ」

「殿下?」

「ヒラリーは鬼のツノ、一本派?二本派?」

「???」


 ユウティスは、雪で髪の毛束を凍らせたらツノのようになるのでは、と考えた。まだ髪は湧き水で湿っているからカチコチになって良いツノができると、ワクワクしている。


「髪伸ばそうかな。そしたらもっと強そうだよね」

「えっと、あの…殿下、申し訳ごさいません。何を仰っておられるのでしょうか?」

「ツノだよ、角。凍ったらなるよね?」

……………?」


 上半身を起こして、ユウティスは左右耳の上の髪の毛をつかんだ。いわゆるツインテールのようだが、ユウティスの髪は短いので、正確にはピッグテールである。


「そう。僕は一本が強そうに思うんだけど。だって二本ってさ、リボンで括りたくなっちゃう」

「………………」


 鬼のツノにリボン。凍ったユウティスの髪の毛。長い髪が一本、頭の上で立っている。どどーん。ゆ~らゆ~ら。いろいろ想像して、ヒラリーは可笑しくて堪らなくなった。




「あははっ」


 大笑いしてしまっているヒラリーを、きょとんと、今度はユウティスが訳がわからない顔をしている。






 青い青い空。


 赤い花が咲いた日。


 ふたりで一緒に見ることができたのは、五回。


 ヒラリーが独りで見た最期の六回目。


 雪が降っていた。











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