ヒラリーとユウティス②~前世
――――ラ、ガラ、ガラガラ、カタッ、ガラ、ガラ。
遠くから、あまり聞き心地の良くない音が響いてくる。
ヒラリーは、いつものようにユウティスの昼食を載せたワゴンを押して、王宮の長い長い廊下を歩いていた。滑りの悪いワゴンはガタガタと揺れるが、スープをこぼさないよう慎重に押していく。
ようやく西の外れの扉に到着し、鍵を開け、裏庭に出た。
「ヒラリー」
「でっ殿下!」
扉を開けるとすぐ、ユウティスが立っていた。なぜか両手いっぱいにロープを抱えている。見ると小さな体では持ちきれなかったのだろう、所々ずり落ちて引きずってきたと思われるロープには、小枝やら木の葉などが絡まっていた。おまけに自身の頭や服にも同じようにくっ付けて。
「こんな所にまで来られるなんて……。どうかなさったんですか?」
ヒラリーはユウティスの髪の毛を丁寧にほぐしながら、それらを一つひとつ取り除いていく。小さな天道虫も紛れていたみたいで、手に取ると飛んでいった。
「うん、あのね」
「はい」
「このロープの片方を、そこら辺の木に結んで――――よし」
「はい」
「もう片方を僕の家の柱に結んで、滑車を付けるんだ。で、それにつかまれば、足場の悪い森の中を歩かなくても、楽に僕の所まで来られるよ、ヒラリー」
「………………」
想像してみるヒラリー。困惑するヒラリー。
「滑車って、このワゴンに付いてるの使えるかな」
あっちへ行き、
「方角は…たしか、えーっと、…こっち、このまま真っ直ぐだ」
こっちへ行き、
「うーん。いちばん長いロープを持ってきたのに、全然足りない。それに途中で、木がいっぱい邪魔するね」
ぶつぶつと、なにやら言っているユウティス。彼は、扉のそばに生えている木に持ってきたロープの片方を括り付け、そこからピンと伸ばした約五メートル先で、もう片方の先端を左手に握りしめている。そしてそのまま、森を見て考え込んでいた。そんな彼を、ヒラリーは邪魔をしてはいけないかと思い、見守っている。
しばらくしてユウティスは振り返り、五メートル離れた扉の横で控えているヒラリーに聞こえるよう、大きな声で尋ねた。
「おーい。ヒラリーって、運動神経良いー?」
「運動…ですか?……さあ…?わかりませんー。普通だと…思いますー」
「頑張ったらー、木をー、避けられるー?」
「え?」
「…やっぱり駄目だ。危ないからやめよう」
「??」
うっそうとした森の中にあるユウティスの住む館は、大小さまざまな数えきれないほどの木々に囲まれている。ここから館まで真っ直ぐロープを張りたければ、第一に木をどうにかしなければいけない。
そこでユウティスは直線ルート確保のため、木を切ろうと考えた。切った木は、薪にすればいい。一石二鳥だ。
切るもの、オノかノコギリはないかと辺りを見渡すと、
これで?
ユウティスは、森に生えている木を思い出す。
…………………………………………。
全身を覆う鋼鉄のプレートアーマーを身に着け、岩をも砕きそうな大剣を構えた重戦士に、パンツ一丁で、鍋の蓋とフランスパン片手に戦いを挑むようなものである。
じゃあ技で――――迫りくる敵(木)を避けて避けて避けまくる。
………………。
やっぱり女の子をそんな危険な目に合わせられない、ユウティスは却下した。代わりに自分がやろうと思った。
………………。
自分がやったら、意味がないのでは?
えーと。
なんのためだった?
………………。………………。
「あそこで食べよう」
ユウティスは、雑草が生えて寂れたガゼボを指差した。
「これからは、あそこで食べる。それで解決だ」
ヒラリーは、ユウティスが何を考えて、どう結論付けたのかわからなかったが、自分のためを思ってくれたことなのだろうと理解した。
初めて感じた温かさだった。
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