隼と過去②

 次の日、あの三人組が俺に絡むことなく放課後になった。

 もともとクラスが違うから関わりは少なかったので、その気になれば会わないで済む。


 ランドセルを背負って、静かに教室を出た。うしろで、クラスメイトたちの楽しそうにこれから遊ぶ約束する声が聞こえる。――――いまは、誘われることはない。




(避けられてる?)


 初めは気のせいだと思って、みんなに話しかけた。けど、話しかけると適当に返事をして、離れていく。不思議に思っていると、あいつらがまた絡んできて……。そのとき、気づいたんだ。


 みんなが見ていることを。


 苛められている俺を、冷めた目で見ていたクラスメイト。


 そうか。苛められるヤツは嫌われてるヤツ。

 カッコ悪い。恥ずかしい。

 そんな嫌われ者と一緒にいたくない。自分まで、そう見られる。


 そうか………。




 校門に向かう途中、あの転校生に会った。


「!」


 目が合った瞬間、俺はくるりと背を向け、走って逃げた。




 助けなければよかった。


 なんでお前は、助けてくれないんだよ。




 走って走って、泣きながら走って、いつの間にか河川敷に来ていた。

 楽しく遊んでいた川を見て、また涙があふれてきた。


「う……」


 ばりっ。ぼりっ。ごりっ。ごりっごりっ。


「………………」


 ガサガサ。ばりん。


 ………………。


 ひょっとして、と思って、近くの植木をのぞいた。


(あ…)


 と思ったら、


「…ぃっく」


 ついしゃっくりが出てしまって、慌てて手で口を押えたけれど、彼女に聞かれたみたいだ。こっちを向いた。


「食べる?」


 きのうの女の子が、きのうとまったく同じように、両隣にパンパンのレジ袋を置いて座っていた。そして、また煎餅を勧めてきた。


「…………いらない」

「そ」


 女の子は気にせず、また音を立てて煎餅を食べ始めた。


 俺もまた、きのうと同じく逃げるように走り出した。でも……。




「………………」




(俺、この子に助けてもらったのに…。お礼、言ってない……)




 ――――あいつと一緒じゃん。




 あの転校生みたいに逃げた俺……。足が止まった。あいつと同じになるのが、悔しかった。


「………あ、の」

「チョコレートがよかった?」


 女の子は、大きな袋に入ったチョコレートを取り出した。


「食べる?」

「………………うん」


 はい、と袋ごと渡される。…………。

 遠慮がちに女の子の隣、レジ袋を挟んで座った。それから悩んだ末、ひとつ摘まんで、口に入れる。


 チョコレートはピーナッツが入っていて、甘くて、すごく、おいしかった。




「………………」


 ごりっごりっ、ぼりっ。


「あの…あ、ありがとう。…きのう…助けてくれて」


 ばりん。ばりっ。ガサガサ。


「…………あの」


 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり。


「………………」


(聞こえてない……?)


「チェンジ」

「え」


 あぁ、煎餅とチョコレートを……、か。


 ばり。おいしいな。




 そのあとも、ずっとふたりで、一緒にお菓子を食べた。


「はい」

「はい」


 クッキーとポテトチップスを交換する。

 ほかに何もしゃべらないで、ただ食べていた。


「あ。そろそろ帰ったほうがいいよ。暗くなってきた」

「うん…。帰る…。お菓子、ありがとう」

「ばいばい」






 次の日も、三人組は寄ってこない。静かに一日が過ぎていく。


(あ、いた)


 女の子は、またきのうと同じように、植木のうしろの小さな木の下に座って、お菓子を食べていた。


「食べる?」

「うん。ありがとう」


 彼女の隣にちゃんと座る。今日は、レジ袋は女の子の片側に、きちんとふたつ並べられていたから。


「ん」


 女の子がペットボトルのお茶を渡してきた。


「……ありがと」




 あったかい。






 来週はもう三月、とはいえ、まだまだ寒い。とくにここは河川敷だから、吹きさらしで冷える。目の前の植木とうしろの小さな木のおかげで多少守られてはいるけれど、横からの風には弱い。




 あったかい。




 ぽかぽかのペットボトルを、両手で包み込んだ。




「じゃあ帰る」

「うん。あ、そうそう」

「?」


 女の子はカバンの中を、がさごそと何か探し始めた。なにやら小さな声で、「これ違う」「リップじゃなくて」「スティックのり」「またリップ。違う!」と言っているのが聞こえた。


「あった、ふう。はい」


 渡されたのは茶色の、コネクタが付いた親指サイズの長方形状のもの。何かのイラスト付き。


「これ…USBメモリ?」

「そう。あげる。ここで、あの“ぎゃはは三人組”を撮ったの」


 転校生の代わりに俺を苛めだした三人。この河川敷で、ランドセルを取られて川に投げられた。そのとき、この女の子に会った。


「いま、あいつら、何も言ってこないし寄ってこないんだ」

「そう。でも持っといたらいいよ。いざというときのお守り。いや、武器?」




 女の子の顔が、髪が、赤く染まっている。

 西の空に、きれいな夕焼けが広がっていた。




「あした、私、卒業式なの」


 初めて女の子の顔を、じっくりと見た。


「それで、そのあとすぐに引っ越しするの。…だからもう、あしたから、ここには来れないんだ」


 引っ越し……するんだ……。


「卒業式…。じゃあ、どこ…の中学校に行くの?」


「………………………………………」


 女の子は眉間にしわを寄せて、俺を見つめた。それから、おもむろに立ち上がった。俺も釣られて立ち上がる。


 ほぼ身長は同じ。うーん、ほんの少しだけ、目線は彼女のほうが上かな。


「私、高校生よ。卒業するのは高校。十八歳よ、じゅうはっさい」


 ………………………………。十八歳?


「えええーーーーっ」


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「……………ぷっ」


 あははは、と声を上げて笑う彼女。


「すっごい見事な、これぞ“ザ・びっくり顔”。あーおっかしい」

「だって……」


 笑われて恥ずかしくて少しムッとして、にらむように女の子を見る。さっきよりも彼女は夕陽で赤い。




「………………」

「元気でね」


 そう言って、笑う女の子。




 くるくるに広がった髪。丸い体、丸い顔。鼻から頬にはそばかす。笑ったら、目がなくなった。




 かわいい。




「!!!」


(顔!あっつっ)


「………………」


 お願いだから、顔が赤いのは、夕陽のせいだと――――思われますように。




























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