シャンプーとお煎餅
まずりりかちゃんは面白がるだろう。“恵比寿様”から“一休さん”に変更するかもしれない。
伍郎くんは「失恋したのかい?」とか言って、あさってな慰めをしてきそうだ。
茉衣子ちゃんと良江ちゃんは動揺しながらも「すてき」とか言ってくれそう。
隼くんは穏やかに笑って「似合ってますよ」で、祐介くんは無表情で見つめて何か会心の一撃的なひとこと。
自宅の鏡の前で、ハサミを片手に想像していた。
……ケントくんがまとめてくれた髪が複雑すぎて、どう解けばいいのかわからない。
「いっそ楽に………念願の丸坊主にすれば…」
むむむ。どこかに書いてあったなぁ、坊主はメリットよりデメリットのほうが多いって。
「……………。……………。…はぁ。老後の楽しみにするか」
「やっ…やっと……解けたぁ」
鏡を見ると、細かい三つ編みにしてたからすんごいウェーブ…。
おしゃれに目覚めた博士がかけたパーマ風。
――――疲れた…。シャワー浴びよう。
「あっ」
しまった。
シャンプー切れてた。
…石鹸で洗うとギシギシするのよね。
ああもうー。こんな時間じゃコンビニしか開いてない。
「……………」
行ってくるか……。何日も博士ネタ引きずりたくないし。
もういい、このまま行ってやる。フハハハハハ。
「いっ…らっしゃいませ」
踏みとどまったコンビニ店員さん、驚かせてごめんね。あ、かっぽう着も着たままだった。いまの私、見たいような見たくないようなトータルコーディネートだろうな。
「うたチャン?」
「あら、ケントくん、偶然ね」
棚越しに声をかけられた。
「…なんか…とても、そう、ファンキーだね。カッコいいよ」
「…ありがとう」
「くっくっくっ」
小さなシャンプーをカゴに入れる。ケントくんを見ると、何種類か置いてあるお煎餅を真剣に選んでいた。
「奥サンがおいしいものたくさん出してくれてお腹いっぱいだったんだけど、小腹が空いちゃって」
「お煎餅好きなの?」
「うん。日本にいたときにもらって食べたのがとってもおいしくて、それをずっと探してるんだけど、見つからなくてさ」
これにしよう、とケントくんは大手メーカーのよくある醤油味のお煎餅を取って、レジへ向かいながらさり気なく私のカゴからシャンプーを持っていった。
「ちょっとケントくん、私払うわよ」
「ココデアッタガヒャクネンメナノデース」
「なんで急に片言なのよ」
「イイカライイカラ」
「それに私たちきのう初めて会ったし」
ノープロブレム、と言ってウィンクのケントくんは、お煎餅とシャンプーの代金を支払ってから「はい」とシャンプーを渡してくれた。
「ありがとう。今度店に来てね。ごちそうするわ」
「うん。行くよ」
このコンビニは、自宅前の公園を挟んで向かいにある。なので近いから大丈夫だと言っても、「じゃあ近いなら、すぐだ」と、わざわざ家の前まで送ってくれた。さすが、紳士の国イギリスから来ただけのことはある。
帰ってすぐシャワーを浴びる。ちゃんと髪を乾かし、歯も磨いた。二階に上がって布団を敷いて、クーラーのタイマーをセットする。
ふと思い出して、内障子を開けた。
「おやすみ」
ガラス窓の端にぺたりとへばり付いているヤモリに声をかけて、電気を消した。
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