うたとぐるぐる

「びっくりしたよ。いつもは奥さんなのに、今日は『来夢でーす』って金髪碧眼へきがんくんがコーヒーの出前持ってきたから」

「ケントくんって言うの。俊宏としひろくん――――ほら、マスターの息子さん、いまイギリスに留学中でしょ?そこのお友達で、三ヶ月マスターの所でホームステイするんだって」


 はい、と伍郎くんにロールキャベツを渡す。


「息子さんは一緒じゃないんですか?」

「学校が忙しいみたい」


 隣に座っている良江ちゃんは、ドレッドをうしろでひとつに括って、アジの南蛮漬けを肴に冷酒を飲んでいた。


「ケントくんだっけ?彼、日本語うまいよね。ぜんぜん違和感ない」

「小学生のころまで日本にいたんですって。お父さんがイギリス人でお母さんが日本人らしいです」


 その横に座って麻婆丼を食べている茉衣子ちゃんが答えた。


「アメリカに特殊メイク?の勉強するために留学するから、その前に日本に来たかったって言ってましたよ」

「茉衣子、彼に会ったんですか?」

 

 そのまた横でブリの照り焼き定食を食べている祐介くん。


「うん、来夢に顔出した時にね。りりかちゃんも一緒に」


 そのまたまた横に座っているりりかちゃんの前には、きれいに食べ終わった皿の山がある。


「んっふっふっふっ。今年のスタンプラリーは、とくに素晴らしいイベントになりそうですう」

「なんで?りりかちゃん」

「いままで衣装に手一杯で、メイクにはそこまで時間かけられなくて。本当はもっと本格的にやりたかったけど、仕方なくペンでシワ書いたりしてたんですよぅ」


 それ、私よね。


「ううん、それはそれでいいんです、ヘタウマの美学というか。むしろそれでなくてはという安心感、テッパンの面白さ。段ボールの被り物の侘び寂び。それは絶対必要。だけど、どこまでリアリティのある理想に近づけるか、自分への飽くなき挑戦のため、ケントくんに手伝ってもらうことになりました。ケントくん、快諾してくれてありがとう。三ヶ月と短い期間でどれだけスキルアップできるかわかりませんが、来年のため再来年のため、そしてさらにさき、少しでもよりみなさまに楽しんでいただけるイベント作りに励んでまいりたいと思います。田貫銀座通り商店街の輝かしい未来のため、一丸となって頑張りましょう」


 りりかちゃんは目をつむり、祈りを捧げるかのように手を組んでいる。


 毎年この季節、とくに思うんだけど、りりかちゃん、タピオカ屋よりもっと違う仕事したほうがよかったんじゃないかな。


「…りりかちゃん、何かの選挙に出るの?」

「出ませんよ」


 こてん、と首を傾げた良江ちゃんと即答りりかちゃん 。


「こんばんはー。お疲れさまです」

「隼くん。お疲れさま」

「あー、隼くん、きのうは家まで送ってくれたんだって?酔っぱらっちゃって覚えてないのよ。重かったでしょ、ごめんね」


 茉衣子ちゃんが、手を挙げて言った。


「いや、負ぶったのは祐…いってーーっ」


 隼くんのそばまで瞬間移動した祐介くん。私たちの知らない、どこかとても痛いツボでも押したのだろうか。


「おんぶした木津くんが茉衣子をベッドに降ろした時、茉衣子、目を覚ましたんです。そしたら木津くんが『隼くんがくれたんです』って…」


 良江ちゃんはより眉毛を八の字にしながら、小声で教えてくれた。

 たしかに隼くんが運んだわよね、みんな一緒に。


「『ね、茜さん』ってで言われて…。頷くしかできなかったんです…」

「そうね…」


 残念な子を見る目で祐介くんを見る。

 いったい、いつになったら素直になるのか。いくら周りが言っても、言えば言うほど否定して、ふたりして意地張っちゃうし。放っておくしかないのかな。


「あれ、うたさん、今日はいつものお団子じゃないんですね」


 祐介くんのためか、隼くんは話題を変える。


「そうなの。今日はケントくんが…って隼くん会った?」

「はい。夕方マスターの家へ配達に行ったら、紹介してくれました」

「そのケントくんにやってもらったの、きれいでしょ?」


 うしろを向いて見せる。どうなってるか見てないけれど、メイクの勉強してる人だからきっと問題ないだろう。


「うわ」

「すごい」

「ぐるぐるですね」

「いいなあ。わたしも今度お願いしようっと」


 ぐるぐる?


 思わず触ってみる。


 ……………わら細工みたいな感触で、ものすごーーく細かい渦巻き状の塊がある。ひとつふたつ…、トグロが三つある。ケントくんやりすぎだわ。







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