身長と神様
「良江ちゃん、何か飲む?」
「とりあえずビールください。それと…」
「絹さやの卵とじ、おすすめよ?」
祐介くんの視線を感じる…。いいじゃない、おいしいわよ?
「木津くん、また茉衣子に意地悪したんでしょう?」
「してませんよ」
突っ伏して眠っている茉衣子ちゃんに目を向けたあと、良江ちゃんは困った笑みを浮かべながら祐介くんに言った。
良江ちゃんは、茉衣子ちゃんの高校からの親友だ。祐介くんも同じ高校で、三人は同級生。茉衣子ちゃんがバイトをしていた来夢によく顔を出していた。周りをうろうろするだけで店に入らない祐介くんと違ってね。
いつも祐介くんと茉衣子ちゃんがなにかと揉めるので、良江ちゃんが困りながらなんとか宥める――――まぁ、優しくて控えめな良江ちゃんが祐介くんに太刀打ちできるわけもないが。
三人とも、そのころから変わらない。
「それより茜さん、これからどうするか何か考えてるんですか?」
「…ううん、まだ何も…。でもとにかくバイトでもしなくっちゃ。茉衣子に迷惑かけられないから…」
良江ちゃんは、茉衣子ちゃんが教諭としてかもめ幼稚園に採用されてから、マンションにふたりで一緒に住んでいる。なので良江ちゃんが家賃を払えなくなると、茉衣子ちゃんも困ってしまう。
なにか私にできればいいのだけれど…。こんな細々とやっている小さな店に雇ってあげられる余裕はないし。うーん。
――――ガラリと格子戸が開く。
「良江ちゃー……」
「あら」
声がした入り口を見ると、良江ちゃんを見て固まっている伍郎くんがいた。
「伍郎さん、早いですね。…あれ?もしもーし。伍郎さーん?」
「…………………はっ。ああ、隼くん。メールありがとう」
「いえ、仕事中にすみません」
解凍された伍郎くんは良江ちゃんの隣に座り、にこっと笑った。
「良江ちゃん。よかったらウチの店で働かない?」
「えっ?えっ?」
いきなりなので良江ちゃんは混乱している。
「ウチさー、いま人手不足なんだよね。で、さっき隼くんから、良江ちゃんが事務所辞めたんで仕事探してるってメールもらったんだよ。良江ちゃんなら親父とお袋も、もちろん僕も大賛成してるし、どうかな?」
隼くんてば、いつの間に。
「茜さん、嫌なら断ってもいいんですよ」
「そうそう。良江ちゃんの自由だよ。返事は二、三日後で構わないから」
「……………………」
すると良江ちゃんは立ち上がり、頭を下げた。
「やります。働かせてください。未熟者ですが一生懸命頑張ります。よろしくお願いします」
そして隼くんの方へ向き直って、同じように頭を下げる。
「隼くん、ありがとう。伍郎さんに連絡してくれて」
「たまたま伍郎さんが、『誰か手伝ってくれる人いないかなー』って言ってたのを覚えてただけですよ」
「良江ちゃん、今日はおごるわ。好きなの飲んで。何がいい?」
遠慮する良江ちゃんに、「就職祝いよ」と言って押し付ける。
「じゃあ…、泡盛ください」
「
「わっ。でも………いいんですか?」
「もちろん」
「“くーす”って何?」
「三年以上熟成された泡盛が百パーセントのものを、古いお酒、“古酒”と書いて“くーす”と言うんです」
そう答える酒屋勤務の隼くん。ほー、と感心する伍郎くんと祐介くん。ふたりはあまりお酒が得意ではない。飲めるけど苦手なのだそうだ。正反対な二人の意外な共通点。
「やっぱり、ストレートで?」
「はい」
「伍郎さぁん、良江さんオッケーしてくれましたあ?」
りりかちゃんまで戻ってきた。そして良江ちゃんを見て一瞬固まったあと、すぐに瞳をキラキラさせながら良江ちゃんの手を握った。
「良江さん…。わたしに任せてくださいな」
あー、仮装のことかな。やっぱり。
「うたさんは、うー悩むー。去年はなんでしたっけ?」
「かわいらしいおばあちゃんでしたね」
「…ありがとう、隼くん」
そう、“おばあちゃん”。
古今東西、誰しもが頭に浮かぶ“ザ・おばあちゃん”である。顔にペンで描いたシワとシミ、白髪のお団子頭に丸眼鏡。それ以外いつもとあまり変わらなかった去年の仮装。シルエットクイズだと違いがわからないんじゃないかな。りりかちゃん曰く、あえてらしい。まあ、私は楽だったからいいんだけど。
「隼くんはねぇ、その肉体美を活かした忍者…あ、違う、忍びの者。カッコいいですう」
“忍者”と“忍びの者”、何が違うのかしら。
「うたさんはホッコリが基本…。んーー。何かないですかぁ、なりたいもの」
「なりたいものねぇ。…そうね。身長が高くなりたいわ、いっそ百八十…百九十センチくらい」
「二メートルの高下駄履いた天狗―――は違うかなぁ。うーん」
「それだと私の身長マイナスじゃない?」
天狗ねぇ……あ。
「そうだ。神様もいいわね。『良い事した人にはご褒美を』『悪い事した人には天誅を』『正直者が馬鹿を見るなんて、許さない』なんてね」
神様…とつぶやいてから、ひらめいたかのように手を叩いたりりかちゃん。
「恵比寿様…!!」
今年の私の仮装が決まった瞬間だった。
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