隼と良江
豚肉と絹さやマシマシの炒め物とご飯、ひじきの白和え、じゃがいもと卵のお味噌汁を
「はい、どうぞ。おかわりあるからね」
「ありがとう。あーうまそう。いただきます」
隼くんは日に焼けた笑顔で手を合わせた。すー、すー、と茉衣子ちゃんの気持ちよさそうな寝息が聞こえる。
「祐介先生、俺食べ終わったら車で送りましょうか?茉衣子さんと一緒に」
「それは助かりますが…でも」
「倉庫に入れ忘れたケースがある事思い出したんで、持っていくついでだから。ちょっと待っててください、すぐですから」
そう言ったあと、元気よく食べ始めた彼は、商店街の“やちよ酒店”で働いている隼くん。うちの店のちょうど真上にひとりで住んでいる。二階建てのこのアパートは、一階がうちの店とミラクルハニー、二階には六畳一間の部屋が二つだけあり、その一つが隼くんの部屋だ。あともうひとつは現在空き部屋らしい。
小学生のころに父親を亡くした隼くんは、早く自立したいと、高校を卒業と同時に働きだした。初めはバイト、今は正社員として、真面目で気が利く働き者の隼くんはやちよにとって、商店街にとっても、無くてはならない人となっている。
(うーん、お弁当も絹さやたっぷりになりそうね)
働き始めのころの隼くんが慣れない肉体労働を終え、重い足取りでコンビニ弁当の入った袋をぶら下げアパートの階段を上がっていく姿を見兼ねて、うちの店で食べるよう勧めた。遠慮してか、なかなか首を縦に振らなかったのをなんとか丸め込み、それからは毎月食費を頂いて、夕食と店の残り物などいろいろ詰めたお弁当を朝食用に作って渡している。お昼は配達の合間に出先で食べたりしているらしい。
そしてこの仕事にだんだんと慣れていくと、ビール瓶や一升瓶の入った重いケースに二十キロ以上の生樽を軽々と持ち上げる、いわゆる細マッチョのいい体つきの隼くんの出来上がり。
「じゃあ…お言葉に甘えます。ゆっくり食べてください。もう帰るだけですから」
「はい。でも俺、おいしいご飯は食べるの早くなるんですよね」
ま。うれしいことを言ってくれる。でも食事はよくかんでね。
さきほどの倉庫に用事は、きっと隼くんの優しい嘘だろう。配達先で時間があれば、みんなのちょっとした雑用をやってくれる隼くん。「ウチの旦那よりよっぽど頼りになるわ〜」と奥様方に大人気。
伍郎くんはおばあさんの、隼くんは奥さんのアイドルだ。祐介くんは高嶺の花タイプで、遠くから見つめてる人が多そう。茉衣子ちゃんは、本当は人一倍乙女だけど見た目ジェンダーレス、男性女性どちらからもファン多数。
あぁアイドルといえば、正真正銘のアイドルがいるわね。グラビアアイドルの良江ちゃ――――
「こ…こんばんは………」
控えめな格子戸を引く音に消されそうな声で入ってきた。
だれ??
長い髪の毛が何本もの束になっている、そんなドレッドヘアーの女の人が入口にうつむいて立っていた。
その束と束の隙間からのぞく顔が、もしかして――――。
「良江ちゃん?」
「はぃ…」
私、祐介くん、隼くん、店内のすべてが固まった。茉衣子ちゃんは眠っているのでノーカン。
入口でしょんぼりとたたずんでいる彼女は、
真っ直ぐな長い黒髪、色白の細面、八の字気味の眉、切れ長の瞳。だったのだが……………。
顔は良江ちゃん。当たり前だけど。
服装は、リボンタイの薄い水色のブラウスに膝が少し隠れるくらいの白いフレアースカート、ミルクティー色のミニバッグ、低めのヒールの白パンプス。
いつも
「えっと……………。ウィッグ…かしら…?」
「いえ…、美容院で………。九時間かかりました…」
「そんなにかかるんだ…」
「何かあったんですか?」
隼くんが席へ誘いながら、心配そうに聞いた。
良江ちゃんは笑おうとして失敗したみたいで、またうつむいて素直に従った。
「イメージチェンジをしようと思ったんです……。事務所の社長に言われて…。地味すぎるって………」
たしかに目を引くような華々しさはないかもしれないが、しみじみときれいだなと思う美人さんなのに。
「どんどん若い子が出てきて、あとが無くなってきて………。事務所のお荷物なんです、私…。マネージャーが髪を切るなりメイクを変えるなりして、わかりやすいインパクトを出してみようってアドバイスしてくれたので…バッサリ切っちゃおうかと思って、美容院に行ったんです」
まだうつむいたままの良江ちゃん。
「待ってる間、手にしたヘアカタログに載ってて…」
――――ゆっくり自分の頭を指差す良江ちゃん。
「これだと思ったんです。ただ切るだけよりよっぽど……………」
ええ、ものすごくインパクト特大です。
「それで…事務所に行ったら………社長が『もう辞めてくれないか』って…」
「辞めたの?」
「はい………」
「それ不当解雇では?茜さん、弁護士に相談してみてはどうですか?」
祐介くんの提案に、良江ちゃんは首を横に振った。
「………………………………………」
もっとうつむいてしまったので泣いてしまったかと思い、どうすれば元気を出してくれるか悩む。
しかし、ついっと顔を上げた良江ちゃんは意外にも微笑んでいた。
「似合ってないでしょう?この髪型。でも私はちょっと気に入ってるんです。違う自分になれたみたいで…」
違う自分か。なれるなら大きい人かな。私は背が低いから憧れる。
「グラビアのお仕事、本当はずっと嫌だったんです。そもそも芸能事務所に入りたいとも思ってなかったから…これでよかったんです」
「そうですか…。そうですね」
私もそう思う。良江ちゃんは女豹のポーズより、浴衣で縁側に座ってるほうが似合う。
「…ふふっ、ホントすっごく似合ってない。ふっ、あはは」
良江ちゃんはコンパクトに映る自分を見て、笑った。
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