八つ当たりとリマインド
「愛の形は人それぞれだね。すべて…すべて素晴らしいよ…!」
りりかちゃんからスマホを借りて、さきほどの不遇の王子様と護衛騎士の冒険物語を読破した伍郎くんは、号泣していた。
その間りりかちゃんは追加の親子丼を、祐介くんは大人しくサバの味噌煮定食を食べていた。茉衣子ちゃんはもうぐっすり夢の中。
「……白雪姫。うん、いいかも」
眠っている茉衣子ちゃんを見て、りりかちゃんが言った。
「え?」
「茉衣子さんは白雪姫。白雪姫と二十三人の小人。あ、二十三人てのは茉衣子さんの受け持ちクラスの人数でえす」
たしか小人は七人だったわよね。幼稚園児だから小さい子ってところは合ってるかな。
「りりかちゃん、茉衣子が白雪姫…ですか?」
「そうですよ。で、この間は騎士様だった祐介先生が今度は王子様…でもいいんですけどぉ…」
うーん、とりりかちゃんは腕を組み、眉間に人差し指をトントンと当てて悩んでいる。
「やっぱり祐介先生はかぼちゃパンツよりチャイナ服。色は薄い水色。肩には龍の刺しゅう。これで決まり」
りりかちゃんは、どこぞの敏腕ディレクターのように指を鳴らした。
「いいわね。祐介くんに似合いそう」
「うん、似合うね」
祐介くんの切れ長の涼しげな瞳。アホ毛が一本も無く撫でつけた髪。癖毛で毛量が多く、不器用なのでいびつなお団子頭以外不可能な私にとっては、りりかちゃんのつるつる美髪も同じく羨ましい。ルックス、柔道整復師と鍼灸師としての技術、丁寧な物腰、と、すべて完璧だ。――――茉衣子ちゃんに関すること以外では。
「うたさんも、なんの話ですか?」
「茉衣子ちゃんと二十三人の祐介くんの物語。なんてね」
「……………」
「ええっ。なにっ。その話」
祐介くんににらまれた。冗談なのに。伍郎くんはもういいや。
「もうっ、みなさん!スタンプラリーの衣装の話でしょうがぁ」
仮装にいちばん力を入れて楽しんでいるりりかちゃん。北の方角の国の人の口調になっている。
「伍郎!!」
……………。ごろう…。再放送しないかしら。
ドラッグストアKASUMIの店長であるエプロンを着けた伍郎くんのお父さんが、格子戸を勢いよく開けて入ってきた。
「いつまで休憩してるんだ!早く戻ってこんか!」
「え、もうそんな時間?うわあ」
「わたしも帰ろっと。そうだ。おじさま、今年“旅好きの御老公”ってどうですかあ?うふ、詳しくはお店で。うたさん、希望があれば言ってくださいね。じゃ、またあしたぁ」
希望ねぇ。何もしないっていうのは――無しなんだろうな、やっぱり。
いっきに静かになった店内で祐介くんが溜息を吐いた。
「はぁ…。いつから茉衣子まで参加することになったんですか。商店街で働いてないのに」
「いいじゃない。茉衣子ちゃん、もともと近くに住んでたし、高校の三年間来夢でバイトしてたでしょう。卒業後引っ越しちゃったけど戻ってきてくれて、マスターもじーさまもたまちゃんも喜んでるわよ」
「……………」
高校までずっと家も近所で、学校も同じだった祐介くんと茉衣子ちゃん。
いまも短いけど、高校生の時はもっとガッツリ短かった髪の茉衣子ちゃん。小さいころから剣道を習っていて、何度か試合の応援に行った時に見た道着姿がキリリとして格好よかった。懐かしい。祐介くんはほとんど変わらない。身長が少し低いくらい。
「……………」
ふふ、開店準備中に掃除してたら、学生服を着た祐介くんをよく見かけたわね。来夢の前を何回も行き来してて、横丁のみんなで見ないフリ。とくにマスターは茉衣子ちゃんに気づかせないよう苦労したみたい。ふたりとも素直じゃないから。祐介くんは、周りに気づかれたと気づくと捻くれちゃうだろうし、茉衣子ちゃんは、照れてぎこちなくなるだろうし。
「……………」
そういえば茉衣子ちゃん、当時ミスたぬきだったわね。たしかミスター部門でもノミネートされかけたけど、みんなで泣く泣く除外したっけ。
「……………」
意外なのはりりかちゃん。楽しいこと大好きなはずが、ミスたぬきにはまったく興味がなくて、出場すれば優勝確定か?とまで言われてたのに。まさかの拒否。
「……………」
タヌキがねぇ…と難しい顔でつぶやいていた。
「……………」
伍郎くんも、過去にミスターたぬきの出場を勧められてたけど断ってた。同じくタヌキ問題で。
ふたりとも多くは語らなかったけど、あの商店街の入り口のタヌキもどき――いちおう商店街のマスコットキャラクターで(名前は忘れた)その着ぐるみが原因だとにらんでいる。ちなみに、祐介くんはバッサリと“問答無用、寄らば斬る”な勢いで断っていた。
「…………うたさん」
そのタヌキもどき、とにかく臭いのだ。正確には着ぐるみが。尋常じゃない。メンテナンスしてるはずだけど、一度、中の人が「おぇ゛」と言っているのを聞いた。
ミスたぬきとミスターたぬきは一年間イベント時、激臭タヌキもどきとともに参加する。おまけにあの子供受けしない風貌。
「うたさん?」
やっと今年は新しく作り直したのでニオイ問題は解決したけれど、どうせならキャラクターデザインも変えればよかったのに。大人にも不評だから。
「うたさん、いまから大の絹さや好きのお客さんが来るんですか?」
「半笑いで目が怖いのよ」
「え…。本当に来るんですか?」
「え?」
「え?」
手元には、大きなザルに山盛りいっぱいの筋の取れた絹さや。小鉢用に少し下準備してたつもりが、いつの間にここまで…。
たぬっぽんめ…。(名前思い出した)
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