祐介と茉衣子

「で、今日はなんでけんかしてるんだい?」


 カウンター内にいる私から見て、左から――茉衣子ちゃん、りりかちゃん、伍郎くん、祐介くん。

 茉衣子ちゃんは喉を鳴らしながらジョッキをあおっている。

 その様子を横目で見ている祐介くん。

 興味がなくなったのか、りりかちゃんはスマホを弄っている。

 伍郎くんは、けんかするほど仲がいいって言うけどね、とニコニコ笑顔で祐介くんに話しかける。


 けんかはしないほうが基本的にいいと思う。だからそれ、本当は“けんかほど”ではなくて“けんかほど”じゃないかしら。


「けんかなんてしてないですよ。茉衣子が勝手に怒ってるだけです」


 ドンッとカウンターテーブルにジョッキを叩きつけるような音で、思わず揃って茉衣子ちゃんの方を向く私と伍郎くん。


「……どうするつもりよ。あの子、絶対勘違いしてるわよ。なんで言わないのよ。あんたのせいよ。あんたのっ」

「いいじゃないですか。少女の夢を壊すんですか?一種の人助けです。心は痛まないのですか?」


 息ぴったりで私と伍郎くんは祐介くんを見る。


「うっ…。で…でもバレたとき、よけいに傷つけるでしょっ」


 シンクロ状態の私たち。


「大丈夫ですよ。彼女、茉衣子が女だと知ってますから」

「なんっっっっ」




 早く言いなさいよーーーーっ。




 茉衣子ちゃんの絶叫が響いた。


 思いっきり要約すると、いつものようにひねくれ者の祐介くんが素直な茉衣子ちゃんをからかった、イコール構ってほしかった。以上。ふぅ、めんどくさ。


「『母親が施術されている間、いつも持ってきている漫画を幸せそうに読んでいる少女がいます。その本は、少し古びているけれど宝物のようなんです』。そして私が、『その漫画の主人公にそっくりらしく』で、『一緒に写真を撮ってほしいと言っています。願いを叶えてあげませんか?』って、あんた言ったわよね」


 茉衣子ちゃんは腕を組み、祐介くんをにらみながら仁王立ちしている。


「おかしいと思ってたのよ。あの子、一緒に写真を撮りたいって言うわりに、やたらあんたと私の写真を撮りたがるし。…説明しなさい」

「たしか不遇の王子とその護衛騎士の冒険物語らしいです」

「誰が話の内容を聞いてるのよっ」

「だから。そのふたりの固い絆に憧れているので、王子にそっくりな茉衣子と、似てないけど護衛騎士役のの写真が欲しい、と言っていました。問題ありますか?」


 なにかコチラがおかしなことを聞いた気分になるのは気のせいかしら。

 ほら、茉衣子ちゃんも小首を傾げてる。伍郎くんと一緒に。


「はーい、質問でえーす。おふたりさん、どんなポーズで写真撮ったんですかあ?」


 まだスマホを握りしめたままのりりかちゃんが声を上げた。

 すると祐介くんはニヤリと片方の口角を上げた悪い笑みを浮かべ、茉衣子ちゃんは腰に手を当て、あさっての方を向いて生ビールを飲んでいる。顔が赤いのはアルコールだけのせいではないはずだ。

 りりかちゃんはにっこりと満面の笑顔で、スマホの画面を祐介くんに向けてきた。


「その漫画ならこのシーン、イチオシなんですけど。撮りました?」


 私と伍郎くんにも「見て見て〜」とスマホを向ける。


 茉衣子ちゃんによく似たキャラが、泣きながら傷だらけの半裸の男性を押さえつけている。顔が唇が近い。

 不遇の王子…護衛騎士…固い絆…。これって………………。


「からの〜」


 りりかちゃんがスマホをタップすると、次のページになった。


 チュンチュン。朝日が差し込んだ部屋。二人の寝顔。………。初めて見た。おぉこれが今流行りのボーイズなんちゃらってやつね。


「でもこれって、その女の子が読んでるのよね。大丈夫なのかしら?年齢的に」

「さほりちゃんはたしか小学五年生、だったかな。それは匂わせ程度だけど、最近は“少女”って付いてても“少女”?な少女漫画多かったりしますよねぇ」

「りりかちゃん、その子知ってるの?」

「うちの常連さんで仲良しなんでえす。うふふ」


 そしてまた「うふふ」と笑いながら、祐介くんにまたスマホを向けた。


「だからぁこーんな写真、送ってきてくれたんですよお」


 一瞬ちらりと見えてしまった画面には、顔が真っ赤な茉衣子ちゃんとそっぽ向いた祐介くんが並んで…手を繋いでた?


 無になってしまった祐介くん。

 伍郎くんは口が半開きのまま固まっている。いつから?

 茉衣子ちゃんはジョッキ片手に寝ていた。
















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