りりかと伍郎
「うたさ~ん。お腹空いちゃいましたあ」
ガラリと引かれた格子戸から明るい声が響いた。
「あっこれ残り物の、あっ違う、差し入れのタピオカアイス抹茶ラテでーす。ぜひぜひ、よかったらどうぞー」
「………………ありがとう」
彼女はりりかちゃん。
瞬きの音が聞こえそうなまつげに、キメ細やかな真っ白い肌。さくらんぼ色の艶やかリップ、くりっとした大きな潤んだ瞳には青いカラコン。長いつるつるの黒髪をツインテールにして、胸元に“LAVI LAVI”と刺しゅうされたフリルまみれのショッキングピンクのミニエプロンドレス。足元は編み上げブーツに黒のニーハイ。
……りりかちゃんとうちの店との違和感が半端ない。もし今、一見さんが入ってきたら固まるのではないだろうか。
りりかちゃんは、向かいでスタンド形式のタピオカドリンク専門店“LAVI LAVI”をひとりで切り盛りしている。
タピオカ人気がいまどうなっているのか私にはわからないが、りりかちゃんはあまり気にしていないようだ。“売り上げ”より“かわいい”が一番らしい。
「りりかちゃん、りりかちゃん。ほらまた店の鍵、落ちてたよ」
そう言いながら、白衣の青年が追って入ってきた。
「え?あらやだもお、わたしったら。ありがとうございますう、伍郎さん」
「気をつけないと。りりかちゃんってば、しょっちゅう落とすんだから」
薬を買いにきた人への対応や相談にも明るく親身になってやっていて、たまに頓珍漢なことを言ったりするけれど、そこもかわいいと思っているのか、おばあ様方に人気だ。りりかちゃんの追っかけみたいに、休憩のたびLAVI LAVIに顔を出し、ときどき店長である父親に戻ってくるのが遅いと叱られているところも微笑ましく思われているらしい。
カウンター席に並んで座ったふたりに、あらためて「いらっしゃい」と言っておしぼりを渡す。
「うたさん、エビクリームコロッケある?」
そう聞いてきた伍郎くんの横で、りりかちゃんはすうっと息を吸い込み、そしてひと息に言った。
「わたしは肉豆腐に卵落としたのと、あ、山椒多めで。それと煮込みチャーシューとスペアリブのスパイス揚げと、あ、お酢下さいね。五目厚焼き玉子と冬瓜の冷やし生姜あんかけと茄子とオクラの焼き浸しと小鉢にゅうめんとご飯特盛りとキャベツの浅漬け、それから生ビール!あ、忘れてた、巾着焼きも。以上、お願いしまぁす」
毎度のことながら、細いりりかちゃんのどこに入るのか。その食べっぷりは見ていて気持ちいい。私が同じだけ食べたら体重が恐ろしいことになるけど。いや、それ以前に無理だけど。
「そうだ、うたさん。今年のスタンプラリーに出すの決まった?」
伍郎くんがエビクリームコロッケをひと口食べてから聞いてきた。横ではりりかちゃんがもりもり食べている。
「そうねぇ…。うーん。どうしようかな」
毎年十月、田貫銀座通り商店街は【買って!ニコニコ。押されて!ニコニコ。もらおう!スタンプラリー‼】というイベントを開催する。
期間中に商店街で買い物や飲食など、なにかしら利用すると、専用用紙に金額に応じてスタンプが押され、貯まったスタンプは好みの店の商品と交換できる。
そしてより盛り上げようと、十月はハロウィンだということで、各店舗少なくともひとりは仮装して接客することになった。なってしまった。
最初は頭に猫耳だのかぼちゃだのを被るくらいだった。
しかしりりかちゃんが――――
「こんなクオリティーなら、やらないほうがマシですうー。もっと本格的にやりましょうよお。わたし、みんなの衣装作ります!暇だし!自信ありまぁす。あ、お金は出してくださいね」
――――楽しいこと大好きりりかちゃん、伍郎くんは大賛成。伍郎くんのご両親も同じくお祭り好きなので即賛成。楽しそうでいいねぇとおばあさんたち。「一度やってみたかったんだよね」「お客さん増えるといいけど」「任せる」、などなど、なんだかんだあってりりかちゃんプロデュースの仮装が始まった。………………はぁ。
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