うたと“すみの”
商店街名から決めたであろう、タヌキ(のような何か)の置物が入口のアーチの端で出迎えてくれる“ザ・商店街”、地元住民御用達だ。
辺りは築数十年といった家屋がずらりと立ち並び、昭和のころからほぼ変わらない風景らしい。
私の住んでいる家もおそらくは築60年以上、もとは亡き祖母の家だ。
一方、区画整理がされていないのか、
気づけばセミの鳴き声がカラスに代わっていた。
西の空は刻刻と、より濃い赤で染め変えられていく。
商店街は一日のうちでいちばんの賑わいを見せており、慌ただしくて騒がしくて楽し気だ。
買い物袋を前後の籠に入れた自転車から降りて、そのままおしゃべりに夢中なおばさんたち。
クラブ帰りのような女子高校生二人が、コロッケをかじりながら笑い声を上げた。
早く帰らないとお母さんに𠮟られる、と言いながら走っていく小学生。兄弟だろうか、大きい子が小さい子の手を引っ張っている。転ばないようにね。
はき掃除を終え、店の前で打ち水をしていると、皇鳳のバイトくんが「暑いっすねー」と言いながら、銀色のおかもちを持って軽快に歩いていった。
来夢の前に置いてあるベンチに、いつもニコニコと愛猫たまちゃんと一緒に座っている来夢のマスターのお父さん、通称“じーさま”が、迎えに来たマスターの奥さんとゆっくりゆっくり帰っていく。
ソースの食欲をそそる香り。かすかに聞こえてくる歌声。
何かを言おうとするかのように、唇が微かに動く。
『――――』
泣いて。呼んで。探して。
胸の奥の、その奥でにじむ甘い痛みのような、
そんな“何処か”への郷愁を感じさせる切なさが
ここ、田貫銀座通り商店街の横丁には――――
喫茶“来夢”、お好み焼き“すず”、中華“皇鳳”、スナック“ミラクルハニー”、タピオカドリンク専門店“LAVI LAVI”、
そして、私の店がある。
そばかすのすっぴんにお団子頭。Tシャツにジーンズ、スニーカー。その上から白いかっぽう着。店ではいつもこの格好。
両手を伸ばして、右、左。ふう。…ふぁあ~。さて。
「やりますか」
二階建ての小さなアパートの一階で、赤い提灯に明かりを灯し、少し色あせた藍色ののれんを掛ける。約五坪、カウンター七席だけの小さな小さなお店。
料理処“すみの”店主、
これが、いまの私だ。
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