第4話 運命の出会い?

 運命の出会い?


「こっち見ろよ!我が背に背にタックルした罪は重いぞ!」


時を戻しても、後ろから呼びかけてくる声はやはり僕に話しかけていた。やはり使えない能力なのだろうか。それにしても、一体なんだ?タックル?身に覚えがないのだが。不思議に思いながらも、僕はゆっくりと後ろを振り返った。目に入ったのは学ランである。男子、というよりは男の子といった感じの少年が立っていた。中学1年生だろうか。まだ小学生くささが残っている。背も随分と小さかった。


「何の話だい?」


「とぼけるつもりか!昨日、我の無防備な背中にタックルをしてきたくせに。ヒョロの助のくせして、随分な仕打ちじゃあないか。」


「昨日?」


「そうだ。しかも不良を引き連れおって。我があの後どれほど苦労したのか分かっているのか!」


「…あっ!」


そういえば昨日、不良から逃げる途中で確かに中学生っぽい人とぶつかってしまった。すっかり忘れていたが、結果的に全速力でタックルを喰らわせる事になってしまっていたな。わざとではないとしても、非はこちらにある。


「ああ、ごめん。僕も色々あって夢中だったんだ。わざとじゃない。すみませんでした。」


腰を90度曲げる。真面目な僕の謝罪は完璧だ。


「わざとじゃないだと?!当たり前だろうが!お前、調子に乗っているのかこのクズの助!」


…あれ?


「いや、そういう事じゃ。本当に悪かったと思ってるから。」


「当たり前だろう。悪いんだから。それとも何?我の方が悪かったとでも言いたいのか?」


「いやだからそういうわけじゃ。」


僕は救いを求めるように姫野を見た。ところが姫野は顔を真っ赤にして笑っている。…コイツ、元はと言えばお前のせいだろ。


「ガ、ガリノスケくん。後は頑張って。私、先帰ってるから。」


「おいお前、ガチで言ってんのか。」


「何を2人でごちゃごちゃいちゃついておる!それよりこの我のどうしようもない怒りを受け止めろ!」


「受け止めろって、具体的に何をすれば、」


「そんなの、決まっているだろう。」


中学生はフンと鼻を鳴らして言った。


「能力バトルだ。」


それから10分後、僕らは近くの河川敷にいた。


「…能力バトルって?」


「とぼけたって無駄だ!ちゃんと分かっているのさ。ガリの助は時を戻す、女は物体の位置を交換する、これがお前らののう」


「ちょっと、女って何?私の事はお姉さんと呼びなさい!年上に対する敬意すら分からないの?」


「えっ?いやそれは…うるさい女!」


「お姉さん」

「お、おん…な」


「お姉さん。」


無言の圧力、とはこの事を言うのだろうか。別に僕が責められているわけではないのに、何故か身震いをしてしまう。姫野は冷ややかな笑みを浮かべ、中学生を見つめた。


「ていうか、さっきからその話し方は何なのかな?カッコいいと思っているの?ねぇ、年上の人に対して、その話し方はのどうなのかな?」


「どうなのかなって、それはその。」


「それより、何で能力の事を知っているんだ?」


そう。今は呼び方などどうでもいい。何故、僕らの能力を知っているのか。僕は昨日この能力を認識したばかりだし、まだ姫野にしか言っていない。姫野の方はどうなのか分からないが、少なくとも僕の能力が分かるはずないのだ。


「え?…ああ、それはお前達の後をつけていたからな。学校帰りにたまたまガリの助を見かけたからな。懲らしめてやろうと思ってつけてたら、能力の話が聞こえたのさ。」


「…え?それで、信じたわけ?」


「ん?当たり前だろう?」


中学生は何を言っているのだ、という目でこっちを見てきた。いや、まともな中学生、というか人間なら、普通能力かどうとかの話は信じないと思うんですけど。


「…まって、それより今私たちの事つけてきたって言わなかった?」


姫野は強い口調で言った。コイツは何でさっきからそんなに中学生に対して怒っているのだろうか。そりゃこの中学生には礼儀もクソもないが、そこまで怒る事でもないだろう。


「いっ、言ったが何か?」


中学生は怯えた口調で言った。さっきまでの威勢はどこにいったのか、プルプルと体を震えさせている。


「あのねぇ、それら犯罪なの。は!ん!ざ!い!分かる?ストーカーよストーカー。」


「いや、そんなつもりではなかった、なかったんです。」


「つもりだろうがなかろうが、やった事に変わりはないでしょう。」


「...いや、しかしだな、我には…」


「それより、能力バトルって言ったよな?」


僕は先程より声を大きくして言った。といっても、元々声は小さい方なので、対して大きい声も出なかったが、とにかく、もう同じ事繰り返すのはゴメンだ。


「それってつまり、君も能力を持っているって事?」


だとすれば、僕らの話をすんなりと受け入れた事にも納得出来る。


「よくぞ聞いてくれた!その通り、我にも能力がある。その名は、プリザード!」


「…ブ、プリザード、だと。」


名前からして凄そうだ。まさかアニメやゲームのように猛烈な吹雪を起こせるのか?だとしたら、僕には勝ち目がない。そんなもん出されたら、シャレにならなんぞ。


「…で、能力の内容は?」


意外なことに、姫野は落ち着いた口調で聞いた。というよりも、呆れた口調と言った方がいいだろうか。そんな口調で中学生を怒らせたりしたら、冗談抜きで殺されるかもしれないのに。僕は目線で姫野に警告するが、姫野はガン無視だ。


「フフン、聞いて驚くなよ?我の能力、それは…」


そこで中学生は一息ついた。そして大きく深呼吸をして、まるで今から地球滅亡の危機を救いにでも行くかのような表情で言った。

「術をかけた対象の周りの温度を、三度下げる。」


「…え?」


「どうだ、驚いただろう?謝るなら今のうちだぞ?」


中学生があまりに堂々としているので、たぶん聞き間違いだったのだろう。まさかブリザードという名で、温度を三度しか下げないなんて事はないはずだ。もしかしたら、三十度の聞き間違いだったのかもしれない。うん、きっとそうだ。ところが、姫野はやっぱりね、といった感じで首を振った。


「君、もしかしてだけど、ブリザードの事、知らないんじゃない?」


「む?どういう意味だ?ブリザードくらい知ってるぞ。」


「世間では、気温が三度下がったくらいではブリザードとは言わない。そんなんなら、世界中どこでもブリザードが大量発生よ。ブリザードのバーゲンセールね、バーゲンセール。ブリザードって名前、君がつけたの?だとしたら、正直言ってセンスなさ過ぎね。」


「なっ、そ、そんな事は知ってるし!ブリザードの定義くらい知ってるし!ただ我の能力はそれくらい凄いという意味で…いやもういい!所詮女には分からんのだ!そんな事より、ガリの助!勝負だ勝負!」


「え?あ、ああ、勝負ね。いいよ。具体的に何をすればいいの?」


ブリザードの衝撃で、勝負の存在をすっかり忘れていた。まぁそんな能力なら勝負で有利に働くことはないだろう。ていうか、いいな。ブリザード。夏は最高じゃんか。


「ルールは簡単、単純な戦闘だ。相手を先に降参させた方が負け。いいな?」


「え?戦闘?それはちょっと。まず間違いなく僕が勝つだろうし、流石に中学生の事殴れないし。」


「問答無用だ!いざ、勝負!」


言うが早いが、中学生は僕の懐に飛び込んできた。マジかよ、と思う間もなくあっという間に体勢を崩される。ドテン、と漫画のような音がして、気がつくと僕は空を向いていた。


「どうだ?参ったか、我の格闘技は天下一品よ!」


ヤレヤレ、と僕は腰を上げる。ここは大人しく降参して穏便に済ませよう。


「分かったよ、僕の負け…」


「ダメよ。」


「えっ?」


「君、穏便に済ませようとか思ったでしょ?そんなんじゃダメよ。向かってくる敵には全力で挑みなさい。」


挑みなさいって、あなた一体誰ですか?姫野は断固とした態度で僕を真っ直ぐに見つめている。


「いや、でもそんなケンカとかよくないしさぁ?」


「能力を試す、絶好の機会じゃない?」


うっ、と僕は言葉を詰まらす。確かに僕の能力は、こういった状況では役に立つかもしれない。正直、この能力をもっと使ってみたかった。理性と欲望の狭間で揺れ動く僕に、中学生が畳み掛ける。


「次は我も能力を使おう!能力バトルだぞ。」


能力バトル、結局、僕はその響きに負けてしまった。男の子なら誰だって、特殊能力で戦うシチュエーションを想像した事くらいあるだろう。真面目な僕だって例外ではない。


「…いいよ。ただし、次は僕も本気でいくからね。」


「そうこなくてはな。さあ、かかってこい!」


僕と中学生は互いに距離を取り、じっと互いに睨み合った。一歩、一歩と足を動かす。僕は中学生の動きを見逃すまいと瞬きもせずに目を見開いていた。お互いにグルグルと円を描くように回る。目の端に、チラッと姫野が見えた。僕は気にせず中学生に集中しようと思ったが、そこでちょっと待てよ、と僕の真面目な頭にクエスチョンマークが浮かんだ。もう一度姫野を見ると、なんと、電話をしているではないか!あろう事か、僕をけしかけておいてそんな茶番には全く興味がないとでも言いたげに、話しに集中してまるでコッチを見ない。ここで、僕の意識ら完全に姫野に向けられてしまった。ふざけんなよ、お前がけしかけたんだから、しっかりコッチを見ろよ!


「…姫野お前な…」


バッという音がした。僕が姫野に意識を向けていたという事は、当然中学生の事を気にかけていなかったという事で、それはつまり中学生にとってのチャンス、僕にとってのピンチであった。中学生はこちらに向かって走り出していた。しまった、クソ、姫野のせいで。僕は咄嗟に防御の姿勢をとった。


「ブリザード!」


真夏からい一気に秋になった。汗が一気に引き、涼しさが辺りを包む。気温的には丁度良いのだが、急激な温度変化は一瞬隙を作るには充分であった。


「いっけぇぇぇぇ!スーパーミラクルライトヘビーパーーーンチ!」


マズイ、しまった。僕は防御を解いていたし、このままではまともにパンチを喰らってしまう。何より、あんな能力が敗因という事だけは避けたい。目を瞑り、祈る。時よ戻れ時よ戻れ。すると辺りの音が消え、涼しささえもどこかに置いていかれたようだった。


「いっけぇぇぇぇ!」


目を開けると1秒前に戻っている。よし、パンチの軌道は分かってる。避けられる。僕はうなづいてから身体を動かした。

ドン、という衝撃。まるで天地がひっくり返ったかのようだった。気がつくと、僕はまた空を向いていた。


「…あれ?」


「勝利!我のしょーり!ワッハッハっハ!」

「あーあ。やっぱり1秒じゃ大した事ないのね。」


にょいっと姫野の顔が空を隠した。ヤレヤレ、とため息をつきながらスマホをポケットにしまっている。


「避けられなかったのか。」


どうやら、1秒はパンチを避けるには短かったようだ。僕はモロにパンチをくらい、そのまま投げられたようだ。


「我はこう見えて、柔道とボクシングを習っているのでな。我の必殺技の勝利よ!」


「ハァ、ハハ、負けたよ。」


「うむ、しかしガリの助もなかなか良い動きだったぞ?我のパンチに反応出来るとは大したものだ。お前、名前は?」


「僕はマコト。君は?」


「我の名は、大空ツバサだ!」


よろしくな、と僕はツバサの手を取り立ち上がった。姫野はというとツバサ、ねぇ、私の名前は聞かないんだぁ、とツバサに無言の圧力をかけていた。仕方なく、といった感じでツバサは姫野にも名前を聞いた。やめたげなよ、ツバサ怯えてるじゃん。


「そ、それでだ。我は一つ思ったのだが。」


「ん?何?」


「能力者が3人も揃ったのだ。これは、普通の事ではない。」


「まぁ、普通の人はまず能力なんて持ってないものね。」


「だから、だ。これは運命だと思うのだ。」


「運命?」

ツバサはまたウム、と重々しくうなづいてから言った。


「マコト、雪。我らで、世界を救ってみないか?」


ビューっと、夏の熱気を含んだ風が吹いた。雪お姉さんでしょ、と姫野が睨み、ツバサがたじろぐ。運命のような物を感じるにしては、随分と締まらない瞬間だった。

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