第1話 出会い
出会い
「お兄ちゃん、正義の味方気取りか?そういう奴が1番むかつくんだよ。」
昔から、真面目な奴だとよく言われた。礼儀正しい奴と言われる事もある。だからか、目の前にいる絵に描いたような、私は不良ですといっているような格好をした男を見て最初に思った事は、恐怖ではなくこれはこれはご丁寧に、だった。ご丁寧に、不良だとお伝えいただき、ありがとうございます、だ。
「お兄ちゃんよ、俺達の何が気に食わなくて邪魔してきたんだ?」
不良は3人いた。僕の通り道を塞ぐためなのか、僕の前に壁のように立ちはだかっている。ここにきてようやく、僕もこれはマズイ、と思い始めた。使い古した腕時計に目をやると、不良達に絡まれてから、早1時間が過ぎようとしていた。どうしてこんな事になったのだ。僕はもともと、書店に本を買いに行こうと思っただけなのに。面倒事は避けようと、真面目に大人しく生きていただけなのに。不良の1人が僕の服を掴んだ。拳が振り上げられる。ああ。そうだ。この真面目さのせいで、不良に巻き込まれたんだった。
1時間ほど前、僕は書店へと向かっていた。数学の参考書を買うためだ。高校2年生の夏、周りは徐々に受験を意識し始めたようで、塾に入ったり、勉強を習慣づけたりと、何か行動をしていた。僕は元来真面目なので、これは僕も何かしなくては、と使命感にも似た思いを抱き、とりあえず参考書を買う事にしたのだ。そこまでの判断は、たぶん良かった。ただ、その後が問題だった。
書店まであと5分という所で、同年代くらいの女の子を見かけた。よく見ると、同じクラスの姫野雪だった。姫野は端正な顔つきをしており、いわば学校のアイドル的存在だ。だから、いくら真面目で、不純異性交友など断じてしない僕でも、何をしているのか覗き見てしまうのは、仕方のない事と言えた。僕はこっそりとバレないように、といってもクラスでは誰とも会話をせず、真面目に勉学に励んでいるので、向こうが僕の事を知っているのか甚だ疑問ではあるが、とにかくこっそりと彼女の近くへと足を進めた。
「なぁ、いいだろ?暇ならこの後ちょっとカラオケでも行こうぜ?」
「私、急いでいるので。」
そこで姫野は、不良グループに絡まれていたのだった。おそらくはナンパだろう。姫野は冷たい態度で接しているが、不良達はしつこい。
「私、カラオケとか行く気ないんで。あんまりしつこいと…」
「いいじゃん。どうせ暇なんだろ?ほら行くぞ!」
不良の1人が、姫野の腕を乱暴に掴み、そのまま連れて行こうとした。痛い、と姫野は抵抗するが、残りの2人が周りから姫野を見えないように隠し、そのまま裏路地に連れて行こうとする。ここで真面目な僕の頭には、2つの選択肢が浮かんだ。1つは周りに助けを呼ぶ事。もう1つは、僕が1人で不良に立ち向かう事だ。いつもの僕なら、勿論前者を選ぶであろう。しかし、真面目だけが取り柄の僕の頭に何故か、ここで姫野を助けたら、その後良い関係になれるんじゃないか、という邪念が生まれてしまった。そこにさらに、不良達も誰かが介入してきたら大人しく引き下がるのではないか、という甘い考えが追い討ちをたててしまった。つまり、後者を選んでしまったのだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。」
僕は威勢よく呼びかけるつもりだったが、声がかすれてしまった。しかも、恐怖でも緊張でもなく、ただ最近声を出していなかったからだ。しかし、不良達はそうは考えなかったらしい。僕の呼びかけにゆっくりとこっちを向くと、いきなり大爆笑を始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ!だってよ。」
「やべー。マジウケるんですけど。緊張しまくりじゃん。テンパリすぎだっつーの。」
「何こいつ?俺らにケンカ売ってるつもりなの?こんなひょろっとした身体で?マジかよー!」
僕は顔が赤くなる。しかし、ここまできたからにはもう引き返せない。
「彼女、嫌がってるだろ。話してあげろよ。」
「は?何俺らが無理矢理連れ回してるみたいな言い方してんの?」
「連れ回してるだろ!」
「そっかー。連れ回してるように見えちゃうかぁ。…ねぇお兄ちゃん、もう一回だけ聞くよ?俺達が彼女を、連れ回してるように見える?」
不良は言いながら徐々に僕との距離を縮めていった。そして突然、僕の懐に潜り込んでくる。咄嗟の事で、反応が出来ない。ドン!と、そんな効果音を付けたくなるような衝撃が、鳩尾を走る。あまりの痛みと衝撃で、思わず尻餅をついてしまう。
「さーてと、お兄ちゃんはいくら持ってるのかなー?」
「ちょ、それは参考書買うお金で。」
不良は放り出された僕の鞄を勝手に漁り、中から財布を取り出した。
「だってさ。お兄ちゃんは俺達に暴言を吐いちゃったわけじゃん?これってアレだよアレ。ほら、名誉毀損だよ。これはお金払ってもらうしかないでしょー。」
不良は品のない笑みを浮かべる。クソ、やっぱり関わるんじゃなかった。僕がやる事なす事全部裏目に出るのは、昔から分かってた事なのに。
「じゃあ臨時収入も得た事だし、どっか遊びに行きますかぁぁぁぁぁぁぁ!」
ここで、予想外の事が起きた。不良が持っていた財布が消えたのだ。正確にいうと、財布を持っていたはずの手には、代わりに小鳥が握られていたのだ。
「おい!なんだよこれ?!何で鳥が?!」
バサバサバサと鳥が暴れる。不良は反射的にといった感じで、鳥をはなした。小鳥は、まるで煙のように、ゆっくり、真っ直ぐと空へ飛び立っていった。僕は何が起こったのかさっぱり理解出来ず、それは不良達も同じようだったが、僕達はただ呆然と立つ事しかできなかった。ただ1人を除いては。
「…おい。アイツどこ行った?」
あろう事か姫野は、助けに来た僕を置いてその場から逃げ出していた。
バシン、と鈍い音がする。何の音だろう、と思いすぐ自分が殴られた音だと気づく。直後、腹に痛みが走る。
「おいお前さぁ、さっきのマジック、どうやったんだよ。」
「し、知るわけないだろ、」
「知らないで済むと思ってんのか?彼女に逃げられた挙句、財布までなくしちまったんだよ。なぁ、おい!」
またしても、腹に拳をぶつけられる。うっと唸るも、不良達は殴るのを止めない。
「…もういいだろ。彼女が逃げたのは僕の責任じゃない。これ以上僕を殴っても、何の意味もないはずだ。」
「意味がない?じゃあお前、この落とし前どうつけるつもりだよ!」
今度はすねに蹴りが来た。足を蹴られて、体勢を崩す。マヌケな格好で転んだ僕を、不良達は格好の餌食とばかりに蹴り続けた。このままじゃ、本当にシャレにならない。何とかしなくては。僕はがむしゃらに立ち上がり、不良に向かって突進した。
「お、まだそんな元気あんのかよ!」
あんのかよ!とリズムに乗せて、不良の拳が顔に直撃する。気がつくと、顔の下に地面があった。叩きつけられたようだ。鼻血が出ていたが、そんな事気にする余裕もなく次の一撃がくる。次から次へと襲う衝撃に身を構え、僕は痛みに必死に耐えた。どうして、こんな事になったのだ。やはり僕なんかがヒーローになろうなんて考えたのが良くなかったんだ。身の程を知るべきだった。人には役割というものがある。少なくとも僕には、ヒーローという役は向いていない。姫野を救うなんて、出来る訳なかったんだ。不良の一撃が、鳩尾に入る。うっと思わず声が出る。…姫野?そうだ。僕は姫野を助けに来たはずなのに、どうして姫野は逃げて、僕だけこんな目にあっているのだ。絶対におかしい。あの状況で、僕1人を置いて逃げたら、間違いなくこうなる事は予想出来たはずだ。一度思い始めると、ムカつくやら情けないやらで、姫野に対する文句が止まらなくなった。いくら真面目な僕でも、こればっかりは怒らずにはいられなかった。姫野には、一度文句を言ってやらなくてはならない。僕がこんな目にあっているのだ。一発くらい殴るのだって許されるはずだ。早く、姫野の所に行って、文句を言わなくては。こんな所で、いつまでも時間を使うわけにはいかない。
「おいほら!俺達にケンカ売ってきたのはお前なんだからな?ちょっとは反撃してみろよ!」
「なぁ、こいつさっきからさっぱり反応がないぞ。もうそろそろほっとこうぜ。」
「ああ、そうだな。じゃあ最後にもう一発だけ。」
不良はそう言うが早いが、拳を振り上げた。
「ほらよ!」
その拳は、まるでスローモーションのようにゆっくりと顔に向かってきた。避けなければ、と思うが、身体が思うように動かない。殴られ続けた影響か、ズキンと頭が痛んだ。拳が、もう目の前にまで迫ってくる。僕は思わず目をギュッと閉じた。すぐに襲ってくるであろう衝撃に耐える為、全身に力をいれる。姫野に怒りをぶつける為にも、ここで気絶するわけにはいかない。ドン、と衝撃が顔を襲う…襲ってはこなかった。あれ、と僕は恐る恐る目を開ける。
「ほらよ!」
不良が、振り上げた拳をこちらへと向けていた。何が起こったのか、考えている余裕はなかった。僕の細胞という細胞が、瞬時に反応した。そんな感じだった。向かってくる拳よりも先に、僕は不良の懐に潜り込んだ。鳩尾を狙って、思いっきり拳を叩き込む。
「うっ、コ、コイツ。」
不良は呻いて、尻餅をついた。
「おい。大丈夫かよ!」
僕はそのまま、不良を飛び越えて走った。
「おい!待てよ!」
「テメー逃げられると思うなよ!」
後ろから怒号がする。僕は気にせずひたすら走った。角を曲がって裏路地を抜ける。途中、中学生くらいの男の子にぶつかったが、謝りもせず大通りを目指した。心臓の音が聞こえる。今までの人生で、こんなに走った事はない。足には既に乳酸が溜まり、徐々にペースも落ちていったが、後ろから追ってくる気配は無い。どうやら無事に巻けたようだ。
「ハア…ハア、た、助かった。」
大通りに出てからやっと、僕は足を止めて呼吸を整えた。書店に行くつもりだったのだが、今日はすぐに家に帰って大人しくしていた方がいいだろう。きっと、まだ不良達は僕の事を探しているはずだ。姫野への仕返しは、その後でいい。まずは自分の安全が第一だ。でもその前に、自分の顔を確認したかった。どれくらい殴られたのかはよく分からないが、顔を腫らしたまま家に帰ったら、親は間違いなく卒倒するだろう。僕は近くのスーパーのトイレに入り、鏡で確認する事にした。
「良かった、大して腫れてはない。」
鏡で確認すると、顔は気にするほど腫れてはいなかった。これなら、親に聞かれても気のせいだと言って逃れられるだろう。そっと顔を触ったが、痛みもそんなにない。安心したからか、急に空腹感が襲ってきた。僕は服についた鼻血を水で洗い、スッキリした気持ちでトイレを出た。さあ、明日どうやって姫野に仕返しをしようか。僕は真面目な頭をフル回転させて考える。ウィーンという音がして、スーパーの自動ドアが開いた。クーラーの効いていた中とは違い、外は蒸し暑い。太陽の光に目を細めながら、僕は前を向いて歩き始めようとしたのだが、その足は三歩も歩かないうちに止まった。
「さっきは悪かったわね。」
姫野だ。目の前に姫野が立っている。表情には若干の戸惑いがあったが、謝罪する様子は全く無かった。一体どういう思考回路で、僕の目の前に現れたのか。先程コイツが僕を置いて行った事で、一体僕がどんな目にあったのか分かっているのか。そもそもどうしてここにいるのか。まさか、僕の事をつけてきたのか。様々な感情が駆け巡る。しかし、やはりどうしても怒りが抑えなれない。ふざけるな。どのツラ下げて僕の前に現れたのだ。そんな僕の感情を感じ取ったのか、姫野は僕が口にするよりも前に話し始めた。
「そんなに怒らないでよ。…真野マコト君。」
これが怒らすにいられるか。口にしかけた言葉は、彼女が僕の名前を知っていたという衝撃で、怒りと共に消し飛ばされてしまった。
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