第4章 揺れ動く気持ち②
着替えが済み、蒼空と撮影現場でスタンバイする。先に撮影を和真達が始めていて、それを何とはなく見ていた。普段あまり着ていないジャンルの服を着ている和真。薄手のジャケットに水色のTシャツ、白のチノパン姿だ。いつもよりカッコいいと思ってしまった。
「結羽さん?」
突然、蒼空に声をかけられる。知らぬ間に和真たちを凝視していたようだ。慌てて、蒼空の方を見る。彼も先程とは違い、細身のスキニーパンツに薄いカーディガンを羽織った大学生風ファッションだ。
「蒼空くんって、本当に何でも着こなせるんだね……」
しみじみと思ったことがつい、口をついて出てしまった。蒼空は照れたように片手で頭の後ろを掻く。本当に仕草が和真にそっくりだ。
「結羽さんは、いつものファッションって感じだね。似合ってる」
蒼空はすかさず、服を誉めてくれる。今回のファッションは、膝丈のフレアスカートに白の裾がふわっと膨らんでいるブラウスを着ている。いつもとあまり変わらないファッションだが、髪が巻かれていて、落ち着かない。
蒼空が何気ない感じで、結羽の髪の一房を指に巻き付けて遊ぶ。と同時に、カメラのフラッシュが焚かれた。
「今のショット、いい感じだ」
カメラマンがニコニコでカメラを手にしていた。不意打ちで表情が完全に素になっていた。
「え、あ、いや!今のは!」
「素の自然な感じが葵さん、よかったよ~」
そう言って、すぐに和真たちの方に歩いていってしまった。唖然としていると蒼空が、
「あの人、いつ撮ってくるか分からないから油断できないんだよね」
と苦笑していた。慣れっ子のようで、彼はすぐに仕事モードになる。自分も気持ちを切り替えようと撮影に集中する。
「じゃあ、蓮斗くんと葵さん、スタンバイお願いします」
スタッフに声をかけられ、自然の流れで蒼空が手を握ってきた。思わずドキッとしてしまう。あまりの自然さにドキドキと胸が鳴る。変に意識しないように、和真たちの方を見ようと顔を上げる。
「えっ……」
女性が和真の頬に、キスをしている姿が目に入る。
撮影だと分かっていても目が離せない。蒼空に引っ張られるように足を動かすが頭が真っ白になる。前にもこの光景に似たものを見た気がするのだ。―――そう、この前の花屋でバイトしていた時だ。
和真が自分からは、女の子に触れるようなことをしないのは知っている。ほぼ相手から迫られるのだ。いつも困ったような表情をする。だが、不可抗力だと分かっていても、他の女の子とくっついている姿を見る度、心がザワつく。
「結羽さん、表情が強張ってるよ」
小声で蒼空に囁かれ、我に返る。すぐに笑顔を作り、和真たちに声をかける。
「お待たせー」
「あ、来た来た!待ってたよ!早速、カフェに行こ」
女性がすぐに何事もなかったかのように和真の腕に自分の腕を絡ませ、歩き出した。やはり、心がモヤモヤする。
「結羽さん、大丈夫?」
「う、うん。平気だよ」
撮影中だ。集中しようと意識を切り替えようとする。だが、思うように表情が作れない。和真と女性の方にばかり、気が散ってしまう。見かねた蒼空がカメラマンに合図する。
「すみません、ちょっと結羽さんを休ませてもいいですか」
「うん、そうだね。休憩入れようか」
カメラマンの一声で、スタッフたちはすぐに休憩の準備に入った。和真がこちらに歩み寄ろうとするのが視界に入ったとき、蒼空に手を引かれる。
「結羽さん、こっち来て」
「えっ……」
言われるがまま、ついて行く。撮影現場のカフェから離れて、先ほどの公園に戻る。蒼空は何も言わず、黙ったままだ。2人とも無言のまま、ベンチの方へ歩いていく。
「結羽さん、ここで座って待ってて」
大人しくうなずき、言われた通りにベンチに座ると彼はどこかへ走っていく。そして、5分と経たずに戻ってきた。手には何か飲み物を持っている。
「はい。喉渇いたでしょ?」
「あ、ありがと……」
蒼空はペットボトルの蓋を開け、一口飲む。それに習い、自分も一口飲む。何故、彼がここに連れてきてくれたのか何となく分かった。気持ちを落ち着かせるためだろう。誰もいない所なら話しやすいと配慮してくれたのだ。
「蒼空くん、ごめんね。ありがとう」
「ん?」
「集中できてないから、だよね……」
顔を下に向け、ペットボトルを握る両手を見つめる。
「和真さんのこと、気になる?」
蒼空がペットボトルを自分の横に置き、結羽の方へ体を向けた。しっかりと見つめてくる。
「うん。他の女性といるところなんて、いつもは気にならないのに。今日は何故か気になる」
「そうかぁ。焼きもちかな?」
「ヤキモチ?」
彼の言葉に目をしばたたかせる。思わぬ言葉だった。このモヤモヤの正体が何かずっと考えても分からなかった。だが、彼の一言ですとんと胸に落ちた。自分は妬いていたのだ。
「好きなんだね、和真さんのこと」
「好き……なのかな。ずっと一緒にいるのが普通だったから」
「でも、和真さんが彼女と笑っていたりするのにはモヤモヤするんでしょ?」
「うん。こんな気持ちになったのは、初めて」
海未やバイト先の人と和真が話していても、なんとも思わない。あのバイト先の先輩と手を繋いていたのを見た時は、驚いたが……。
それでも、今の感情のようなものは沸き上がらなかった。どこかで“和真ならそんなことはない”と確信があったからかもしれない。
「そっか。俺の入る隙間はないかな……」
「え?」
「いや、何でもない。とりあえず、今は俺のことだけを考えてみて?」
彼が真剣な表情で、まっすぐに見つめる。自然と背筋が伸びる。
「俺、結羽さんのことが好きだ」
目を見開く。2度目の告白に、どう反応すればいいか、分からない。だが、何故か彼から目をそらせない。
「今は、俺のことで頭を一杯にして。俺だけを見て。今日だけでいいから」
「でも……」
「和真さんには悪いけど。彼より俺、カッコいいところ見せられる自信あるよ」
と言って、軽くウインクする。その少し軽い仕草や雰囲気に何だか笑えてきた。
確かにこの仕事が本業の彼に、和真が勝つのは難しいだろう。仕事をしているときの蒼空は、誰よりも輝いていて本当にカッコいい。多くの人に人気なのが頷ける。今日一緒に仕事をしていて、より強く思った。
「結羽さんを引き立てるのも上手いと思うなぁ」
「ふふふ。そうなの?」
「あ、やっと笑ってくれた」
蒼空が嬉しそうにふわっと笑う。その笑顔にまたドキッとする。大人っぽい表情をする彼は、ときどき年齢相応の子供っぽい表情をするときがある。そのギャップに今日は何度ドキドキさせられているだろうか。彼にとって、この仕事は天職だと思う。
「もう大丈夫そうだね。戻ろうか」
「うん。……蒼空くん」
「ん?」
「ありがとう。本当にカッコいいよ」
真っ直ぐに目を見て、伝えると彼はまた耳まで赤くして、頭を掻く。
「結羽さん、それ反則」
そう言って、現場まで2人並んで歩きながら戻った。
カフェでは、和真が女性と親しげに話している姿が目に入った。だが、すぐにその視界を塞ぐように蒼空が目の前に立ちはだかる。
「結羽さん。俺だけを見てって」
「あ、うん。そうだった」
すぐに蒼空の方へ目線を向ける。目が合い、彼がにっこり笑う。それに釣られて一緒に笑ってしまう。
「お、2人が戻ってきたね。撮影再開するよー」
カメラマンが蒼空達に気づき、再び撮影が開始された。
先ほどのモヤモヤが嘘のように、和真のことが全く気にならなかった。蒼空だけを見つめていると、どんどん彼に魅了されていく。まるで2人だけの世界のようだった。
「はい、今日はここまで!お疲れ様でしたー」
無事撮影が終わり、辺りはもう夜になっていた。
「結羽ー!」
スタッフに挨拶しに回っていると、休憩所から名前を呼ぶ声がした。振り替えると海未とその横にスーツ姿の蓮が立っていた。
「え、蓮くん?どうしたの。仕事は?」
思わず彼らのところに駆け寄る。蓮がいつもと変わらずに、頭を優しく撫でてくれる。
「急いで終わらせたよ。遅くなってごめんね」
「ううん、お疲れさま。来てくれてありがとう」
泣きそうな表情で蓮を見る。
彼の顔を見たら、何故だかほっとした気持ちになった。あの夜の告白以来、変に意識していたのが嘘のように、来てくれたことが素直に嬉しかった。
「どうしたの?なにか嫌なことあった?」
彼は心配そうに、顔を覗き込む。さすが幼馴染、鋭い。だが、首を横に振り、笑顔を作る。
「ううん、何もないよ。楽しかった!」
まだ何か言いたそうな顔をしていたが、特に深く追求されることはなかった。
「そっか、お疲れさまだね」
とその時、後ろからまた別の声がした。
「結羽、蓮」
「あ、和真。松川さんから聞いたよ。モデルデビュー?」
「いや、しないわ」
2人がいつもの調子で会話をしている横で、結羽は和真の顔を見れない。だが、和真が急に結羽の方へ顔を向けた。何か言いかける前にそれを遮る。
「あ、私着替えてくるね!」
「うん、行ってらっしゃい~」
海未が手を振って、見送る。そして、ちらりと和真の方を見る。
「結羽、蒼空に心持っていかれたかもね」
「なっ!?」
「あの休憩の後から。結羽、蒼空のことしか見てなかったよ」
「知ってる……。さっきから全然、結羽と目が合わねぇ」
珍しく、和真が元気のない声を出す。相当、結羽の態度に落ち込んでいるようだ。海未は、和真の肩に手を置く。
「2人が休憩の時に抜け出して、何を話してたんだろうね?」
海未と和真2人のやり取りを黙って聞いていた蓮が口を挟む。
「和真、何かしたのか?」
「いや、してねぇ!けど……」
「けど?」
「撮影で女と恋人らしく振る舞う仕草とかしないといけなくて」
和真の言葉を聞き、蓮はわざとらしく大きなため息をつく。そのため息に和真はますます肩を落とす。
「和真。この際だから言うけど、僕、結羽ちゃんに告白した」
「は?」
下を向いていた和真が勢いよく顔を上げた。蓮は和真の目を見つめ、ハッキリとした口調で言う。
「僕だったら、結羽ちゃんを悲しませたり、あんな顔をさせない」
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