第4章 揺れ動く気持ち①

「おお!その笑顔いいね~。もっとこっち向いて」

 たくさんの照明やカメラ機材に囲まれながら、目の前の彼に向かって笑いかける。相手は少し耳まで赤くしながら、微笑みかける。

「蓮斗が照れているところ、レアだなぁ。シャッターチャンス!」

 カメラマンが色々と声をかけ続け、指定されたポーズや表情を作っていく。“蓮斗”と呼ばれた彼は、蒼空である。彼の芸名だ。上手く彼がリードしてくれるので、肩の力が抜けてきた。だが、後ろからバックハグをされたりすると、心臓がバクバクと音がうるさい。彼は慣れているからか、平然とこなしている。

「はーい。じゃあ、ちょっと休憩しようか」

 カメラマンの一声で、一気に周りがガヤガヤと音が戻ってくる。飲み物を取りに近くのテーブルの方に向かうと、見慣れた顔ぶれが立っていた。

「結羽、おつかれ!」

「海未ちゃん、それに和くん」

「おう。ちゃんとそれっぽいじゃん」

 和真が私の姿を上から下までジロジロと見つめる。今の撮影でのファッションはゆるふわのラベンダー色のワンピースにカーディガンを羽織っている。髪もセットされていて、普段は下ろしているが今はポニーテールだ。

「ポニーテール、可愛いな」

 和真はぽんと頭に手を乗せ、撫でる。ちょっと人前でされるのは照れ臭い。

「やっぱり、結羽はどんな格好でも可愛いなぁ」

「そ、そんなことないよ……?」

 海未にまで誉められ、顔が少し赤くなる。そこに、カメラマンと何か話し込んでいた彼がこちらに歩み寄ってきた。

「海未姉、和真さん。来てたんですね」

「一応、関係者なので」

 海未が首から下げている札を持ち上げた。実は、今日2人は付き添いで現場に来てくれたのだ。本当は蓮も来る予定だったが、仕事でトラブルがあったらしく来れなくなってしまった。あの夜から、何となく蓮のことを意識してしまって、正直今日はいないことにほっとしている自分がいるのも否めない。

「それにしても、結羽これ向いてるんじゃない?」

「え?」

「うん、俺も思った。表情とか上手いし、一緒に撮っててまだNGがないし」

「そ、それは蒼空くんが上手くリードしてくれるから」

「結羽さんがカメラマンの指示を明確に理解できてるからだよ」

 蒼空はふわっと笑った。今日の蒼空くんはこの前会った時より、髪などがセットされていて、一段と雰囲気が大人っぽい。身長もあるので、その場にいるだけで周りの空気が変わる。

「でも、蒼空の仕事してる所を見るのも新鮮だわ」

 海未はしみじみとした様子で彼の姿を見つめる。恥ずかしいのか、彼は両手で顔を隠しながら呟く。

「身内に見られるのはやっぱり、はずい……」

「何言ってるの。かっこ良くて、自慢の弟よ」

 本当に誇らしそうな表情で彼女は言った。

「まあ、俺からしたら、まだまだだけどな」

 和真が小さく呟き、思わず笑ってしまう。私の反応に、和真が私の両頬を片手でむにっと挟んだ。

「おい。何笑ってるんだよ?」

「にゃ……んでもにゃいよ」

 上手く話せず、変な喋り方になってしまい、その場にいた人たちの笑いを誘った。ジト目で和真を見る。彼はどこ吹く風のように知らぬふりをした。そのタイミングで、撮影再開の合図があり、何も言えずに蒼空とカメラマンの所に集まる。

 芸能モデルの1日のスケジュールは、人により忙しさが異なる。蒼空のように売れっ子は、1日に何種類かの撮影や打ち合わせ、収録がある。今日は、そのある1日を一緒に体験しているのだ。基本は蒼空が詳しく説明してくれ、彼の言われた通りに動けばいいので、あまり難しいことはない。

 だが、表情などを作るのは苦手だと痛感した。色々な味を出せる彼は本当にすごい。身近で見ていて、驚くことばかりだ。

 続きの撮影が終わり、着替えて次の雑誌の打ち合わせに同席する。移動中に蒼空が質問してきた。

「どう?俺の仕事、知ってみて」

「なかなかにハードなスケジュールをこなしているんだね」

「大丈夫?疲れた?」

 彼は、冷たい飲み物を差し出してくれた。それをありがたく受け取りつつ、首を横に振る。

「全然。むしろ少しワクワクしてる」

「ワクワク?」

「うん。なんか、蒼空くんすごいキラキラしてて、次はどんな感じなのかなって」

「マジか……」

 彼は今日何度目か分からないぐらいに、また耳まで赤くなった。

 そして、打ち合わせ場所に着き、次の撮影についての打ち合わせが始まった。実際の打ち合わせ内容は公開できないので、今回限定用の内容になっている。今回のテーマの1つに「カップルで過ごす梅雨デート」というものがある。その中に“Wデート”という候補が上がり、4人での撮影をすることになった。1組は私たちで、もう1組は同じように1日限定体験に来ている女性と蒼空と同じモデル事務所の男性だ。だが、

「えっ!?熱だしたって?」

 突然、出入口の方から大きな声がした。

 マネージャーらしき人が先方の取引先の方に頭を下げている姿が見える。蒼空のマネージャーが様子を見に、出入口の方へ向かった。すぐに話を聞くと戻ってきて、私たちに説明してくれた。

「どうやら、男性モデルの方が体調を崩したみたいです」

「え、じゃあ“Wデート”企画は……」

「今それでどうするか、話し合いがされているようです」

 私は蒼空と顔を見合わせる。とその時、取引先の方がこちらへ歩み寄ってきて、話しかけられる。

「すみません、葵さん。1つお願いがあるのですが」

「は、はい」

「彼にモデルの代わりに、撮影協力をお願いできないでしょうか?」

 指を指された方を見ると、指されていたのは和真だった。

「え、俺ですか?」

 和真も自分を指差し、驚く。

「はい。確か先日テレビでカフェ番組に出ていらっしゃいませんでしたか?」

「まぁ、仕事先でお願いされて、少しだけ……」

「やはり!どこかで見た覚えがあると思いまして」

 取引先の方はカフェ好きなのか、よくカフェ番組などを見ているそうだ。メガネかけて、目元がハッキリしているので、キツそうな性格に見えたが意外と可愛いものなどが好きらしい。話を聞き、和真は困った表情を浮かべる。意外と目立ったことをするのが好きではないのだ。

「俺より、本来の人の方が……」

「いいじゃん、上野くん。これも何かのご縁だよ」

 それまで黙って聞いていた海未が口を挟んだ。和真の背中を勢いよくバンッと叩く。

「やってみたら案外ハマるかもよっ!」

「いや……」

「結羽にカッコいいところ見せられるチャンスでもあるし」

“結羽”という言葉に和真が反応する。何かを考え込むかのように、しばらく沈黙し、

「……分かりました。やります」

 とハッキリとした口調で答えた。取引先の方は安心したように口々に「よかった」とつぶやいた。

「そうと決まれば、早速準備をしましょう。まず、女性陣はこちらに」

 すぐに各々の準備に取りかかり始める。



 まさかの和真が急遽モデルとして、参戦することになり少し焦る。

“Wデート”企画とはいえ、本当のデートのようなことをする。つまり、手を繋いだり、ハグをしたりすることもあるということだ。今まで、結羽以外の女性に目もくれたことがない。相手側から積極的にアプローチされることはあっても、和真自身は、興味がなく断ってきた。仕事とはいえ、自ら触りに行くなど……。

「ねぇ、和真くん?ぼーっとして、どうしたの?」

 急に甘えたような口調で、目の前の女性が腕を組んできた。

「え、あ、ああ。ごめんごめん」

 女性の頭に手を置く。カメラのフラッシュがたかれて、一瞬眩しくなる。すぐに目が周りの明るさに慣れ、女性の顔を見る。タレ目の小顔で、身長は結羽と同じくらいだろうか。タイプではないが、一般的には“可愛い”の部類に入るだろう。彼女は嬉しそうに顔を肩に寄せた。

「和真くん、緊張してるの?」

「まぁ、こういうの初めてだしな」

「へぇ。あの子の付き添いで来てたって聞いたけど。彼女?」

「いや、幼馴染」

「そうなんだ!」

 何故だか、彼女は声のトーンが上がった。先程より体を密着してくる。ベンチに座っているので、少ししか逃げ場がなくすぐに距離を縮められてしまう。ふと視線を感じ、顔を前に向けると結羽と蒼空が手を繋いで歩いてくる。

「なんかムカつく……」

「ん、なに?」

「あ、いや。あの2人、来るよ」

 そう言って、ベンチから立ち上がる。実は今Wデートの待ち合わせのシーンの撮影中なのだ。公園で待ち合わせて、近くのカフェや雑貨を巡り、夕方から個室のお店で夕飯を食べるというコースだ。テーマがこの仕事にはあり、それは出演者側で考えたコースを実践するというものである。このコースはどうやら、今横にいる彼女が考えたらしい。

「あの2人さ、お似合いだね。なんか雰囲気が似てる?」

 ふと、彼女がそんなことを言う。実は自分もさっきの撮影から思っていた。蒼空がきちんと結羽をリードしているのだ。苛立つぐらいに結羽は楽しそうにしていた。だが、今目の前からやってくる結羽の表情が少し暗い気がする。じっと結羽の方を見ていると、

「ねぇ、和真くん」

 と呼ばれ、腕を強く引かれた。その勢いで頬に柔らかく温かい感触がしたのだった。

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