第3章 1日限定、芸能デビュー?!②
翌日、いつもの大学の校門で海未に会い、家に遊びに来ないかと誘われた。
「え、海未ちゃん家に?今日?」
「そう。急だから、何か予定ある?」
もう毎朝の恒例行事のような番犬2人の女子に囲まれている風景を見ながら、結羽は少し口ごもる。
「あ、もしかして、昨日の蒼空の言ったことを気にしてる?」
「う、うん。ちょっと」
「それについても蒼空がちゃんと話したいみたいなんだ」
海未が顔色を伺うように見つめてくる。行きたくないわけではない。ただ、昨日のあの感じだとあの2人の反応が気になる。
目線の先の真意に気付いたのか、海未は納得顔をした。
「あの番犬くんたちか」
「うん。何と言うかなぁと思って」
「ちょっとー、そこのお2人さん。話があるんだけど」
他の女子にお構いなしに彼女は2人を呼びつける。すぐに2人が安堵した表情を浮かべつつ、駆け寄ってきた。私と海未の顔を交互に見ながら、
「おはよう、松川さん」
「話ってなんだ?」
と言う。海未が家に遊びに来ないかという話をしていることを伝えると、2人は少し険しい表情になった。だが、すぐにスケジュールを確認する。
「俺、今日もバイトだから、夜迎えに行く」
「たしか、結さんも今日遅い日だよね?結羽ちゃん」
「そう言ってた。遅くなるから先に寝ててって」
「蓮は今日、会食って言ってたよな?」
「ああ。そしたら、和真もバイトだし、松川さんの家に行ってるのが良いかもね」
蓮の一言で、海未の家に遊びに行けることが決まった。夜はいつものように和真のお迎えつきだ。話がまとまると海未が喜ぶ。
「よし、決まり!下の弟も結羽が来るって知ったら、張り切ってお菓子作るって言ってたからよかった」
「えっ、弟くんの手作りのお菓子?」
「うん、そう。陸空って言うんだけど、お菓子も作れるんだ」
「すごい!」
和真も蓮も驚いた表情をする。海未兄弟はなかなかにスペックの高い兄弟だと思う。海未は歌手志望、蒼空は高校生モデル、陸空は料理男子。会えるのが楽しみになってきた。蒼空と顔を合わせたら、どんな顔をすればいいか分からないが――――。
大学の授業が終わり、電車に乗って海未の家に一緒に向かう。駅から降りて、徒歩15分ほどだと聞いている。駅前の商店街を抜けると一気に景色が変わり、住宅街になった。近くに公園もあり、夕方だからか子供たちが遊んでいる姿が見えた。海未はその公園の脇道を通る。
「あ、そういえば今日も親が出張でどっちも家にいないんだ」
「そうなの?お邪魔して大丈夫?」
「うん、全然。昔から人の出入りが多い家だから」
そうこうしているうちに、彼女の家に着いたらしい。
「ここが我が家です」
海未はそう言いながら、ドアを開けるとエプロン姿の、海未にそっくりな男の子が立っていた。
「あ、おかえり。海未姉」
「ただいま。念願の結羽を連れてきたよー」
海未の横でお辞儀をする。
「は、初めまして!葵 結羽と言います」
「初めまして。いつも卵焼きを美味しいと言ってもらえて嬉しいです。陸空です。あ、いつも海未姉がお世話になってます」
「あ、いや!私の方こそいつも海未ちゃんに助けられてて……」
「はいはーい。そういうのは後でね。結羽、上がって」
挨拶もそこそこに海未に引っ張られて、リビングらしき所に連れて行かれる。キッチンとリビングが繋がっていて、甘い匂いが部屋中に漂っていた。思わず、鼻をひくつかせる。その姿を見て、海未が笑った。
「陸空~、ケーキできた?」
「うん、丁度焼き上がったとこ。でも夕飯先にする?」
「蒼空は?」
お玉を持って、陸空がキッチンから顔を覗かせた。その姿があまりにも可愛いらしくて、つい私は笑ってしまう。彼は、不思議そうに首を傾げつつも海未の質問に答える。
「もうすぐ家に着くってさっき、連絡来てた」
「おお。じゃあ、先にご飯にしようか。着替えてくるから待ってて」
そう言って、海未はリビングを出ていった。陸空もキッチンに戻る。一人になり、リビングを改めて見渡すとかなり広い。しかも日当たりも良さそうだ。玄関から見た時は分からなかったが、意外と奥行きもある。こんな家に住んでみたいとちょっと思う。
キッチンの方を見ると、陸空が忙しそうに動いていた。恐る恐る声をかけてみる。
「陸空くん。何かお手伝いしようか?」
「あ、いや、大丈夫ですよ」
「お皿を並べたりとかならやるよ?」
陸空は一瞬迷った表情を見せたが、すぐにキッチンとリビングを繋げているカウンターからお皿を差し出す。
「じゃあ、これをお願いします」
彼は、私が気を遣わせなくて良いように普通に接してくれた。
「うん、ありがとう」
お皿を受け取り、テーブルに並べていると海未がラフな格好になって戻ってきた。そのまま、キッチンに入り、彼女も弟の手伝いを始める。3人で準備をしたからか、ものの10分で食卓の上が華やかになった。
丁度その時、玄関から声がした。
「ただいまー」
「あ、蒼空くんだ」
「おかえりー、蒼空。ご飯だから、こっちおいで」
海未と陸空が彼を迎えに玄関に行く。すぐに3人分の足音が聞こえ、昨日ぶりに蒼空とご対面する。
「お、お邪魔してます!」
「結羽さん、いらっしゃい。来てくれてありがとう」
爽やかな笑顔を向けられる。そういえば最近、蓮や和真の笑顔をあまり見ていないことにふと気付く。彼らと昔はよく誰かの家で一緒にご飯を食べていたのが懐かしい。
「さ、食べようか。温かいうちに」
海未の掛け声で、4人は手を合わせる。
「いただきます」
4人の声が重なり、それぞれに食べたい物から手をつけ始める。陸空の料理はどれも美味しく、お箸が進む。
「陸空くんの料理、本当に美味しい」
「お口に合って良かったです」
彼は少しはにかみながらも結羽の食べる姿を見つめる。その隣で蒼空が自慢気に陸空を誉める。
「本当に何でも作れちゃうんで、すごいですよ。自慢の弟です」
「本当よね~。うちら2人、料理が全く出来ないから、助かる」
「2人の味は個性的」
兄弟の仲がいいのがとてもよく伝わる。3人の会話を聞きながら、ニコニコしてしまう。たわいのない話をしながら、食事も進む。突然、蒼空が結羽を見つめ、話を切り出した。
「あの、結羽さん」
「……ん?」
「実はお願いがあって、今日海未姉に家に呼んでもらうように頼んでて」
「お願い?」
先に食事が済んでいる陸空と海未が席を立ち、静かに片付けを始める。蒼空は2人を一瞥しつつ、結羽と目を合わせる。
「実は結羽さんにうちのイベント企画に参加して欲しくて」
「イベント?」
「そう、1日限定で芸能人の仕事を体験するという企画で」
蒼空が1枚のチラシを取り出し、テーブルの上に見やすいように置く。結羽はそのチラシを手に取り、上から下まで眺める。
『1日限定、あなたも芸能デビューして見ませんか?モデル、タレント、役者、大募集!!』
開催日:6月20日
応募条件:①年齢:10代~20代男女
②身長:155cm以上
③経験:不問 未経験者も大歓迎
応募の流れ:写真付き履歴書を送付
→書類選考→面接
「え、これに私が?」
「そう!俺と一緒だから、サポートするし」
「い、いやでも……!こういうの慣れてないし」
私はチラシを彼の手元に戻し、首を振る。芸能にはあまり興味がない上に、もっと目指したい人が参加するべきものだと思った。
蒼空は真っ直ぐに目を見てくる。
「俺のことを結羽さんに知ってもらいたいんだ。昨日の気持ちに嘘はないよ」
「蒼空くん……」
目を見張る。真っ直ぐと見つめられ、戸惑う。家族や蓮たち以外の男性とはあまり関わってこなかった。そのため、男性の免疫があまりない。だが、人からお願いされるのに弱い。どう返事しようか迷っていると、海未がケーキを運んできた。
「これ、陸空手作りのバナナケーキ!食べて」
「あ、ありがとう」
そして、海未は席につくと私の方に体ごと向け、頭を下げた。
「蒼空の願いを聞いてあげて欲しい。この子が自分の仕事を見せようとするの、実は初めてなんだ」
「え……?」
「夢を届ける仕事だから、人にあまり見せたくないらしいの」
「あまり現実的な部分は見せたくないんだ」
蒼空は頭を掻きながら、照れたように言う。
「そんな子が仕事を見せるってことは、結羽のことすごく本気なんだと思った」
「……」
「姉の勝手な願いなのは重々承知してる。でも1日だけ、お願い」
海未が両手を合わせて、もう一度頭を下げた。友達のお願いだと尚更断れない。どうしたものかとしばらく考え込む。
そこに陸空が温かい紅茶を運んできた。
「紅茶も合わせてどうぞ。温かいうちに」
「陸空くん、ありがとう」
「蒼空くんは、本当に仕事している時の姿は誰が見てもカッコいいよ」
おもむろに陸空が呟く。他3人は顔を見合わせる。
「それに結羽さん、キレイだし悪くないと思う」
「り、陸空が女性を誉めた!?」
「あの、冷静で周りにあまり興味を示さない陸空が!」
蒼空と海未が驚いた反応を示す。一方、当の本人はどこ吹く風だ。紅茶を飲み、自分の作ったケーキを食べ始める。そんな3人の様子を見て、思わず笑ってしまう。1日の体験だけなら、やってみても良いかもしれない。バイトも始めたことだし、色々なことに挑戦してみるのも悪くない。
「……やってみようかな」
「えっ!?」
「1日だけで良いなら、いいよ。蒼空くんのことをちゃんと知りたいと思う」
「結羽、いいの!?」
「うん、色々なことを経験してみようと思って」
海未が抱きついてくる。何度も礼を言いながら、とても嬉しそうにしている。蒼空もホッとしたような表情をした。
「あ、でもあの番犬くんたちは」
「話せば、ちゃんと分かってくれると思うから大丈夫」
私の言葉に海未はうなずく。その後は美味しく陸空のケーキを食べる。和真が迎えに来るまで、兄弟の昔話に花が咲いた。
家に帰り、会食帰りの蓮と和真に今日あった話をする。思ったより、2人は特に反対もなかった。
「いいんじゃない?なかなか体験できることでもないし」
「ああ。何かあれば、アイツを一発殴る」
「それはやめときな、和真。……結羽ちゃん、ちょっと良い?」
蓮に呼ばれ、2人でベランダに出る。和真は疲れているのか、ソファに横になり始めた。蓮の横に立ち、夜風に吹かれる。
「どうしたの?蓮くん」
「結羽ちゃん、もうすぐ20歳の誕生日だね」
ドキッとする。蓮は覚えているのだろうか。あの時の約束を――――。
「うん、そうだった。ここのところ、毎日楽しくて忘れてた」
苦笑気味に笑うと、彼は真剣な表情で見つめてきた。
「20歳になる前に結羽ちゃんに伝えたいことがあるんだ」
「えっ?」
蓮の顔を見上げる。彼は優しく微笑んでいた。そして、頭を撫でられる。久々に蓮と近距離にいる気がする。彼の体温をすぐ近くに感じ、懐かしさが込み上げてくる。
「結羽ちゃん」
彼に名前を呼ばれ、目がそらせない。そっと抱き締められる。
「ずっと前から好きだよ」
「蓮くん……」
「ちゃんと言葉にしておこうと思ってね。返事は、あの約束の時に聞くよ」
優しく頭を撫で続けられる。ドキドキしてしまう。心臓の速さが伝わらないか、心配になる。
だが、自分の気持ちがまだ分からない。自分の誕生日が7月8日。そして、彼らの誕生日が8月14日、19日。毎年、蓮と和真は誕生日が近いので、2人一緒にお祝いしているのだ。彼らの誕生日まで、あと3ヶ月ちょっと。それまでに整理がつくだろうか。
「今度、久々に2人で出掛けない?」
「2人で?」
「うん、連れて行きたいところがあるんだ」
連は携帯を取り出すために体を離す。スケジュールを確認する。
「芸能体験は6月20日だっけ?」
「たしか」
「うん、その後に行こうか。翌週の日曜とか」
「分かった。予定空けとくね」
頷くと、彼はそっと頬にキスをした。
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