第3章 1日限定、芸能デビュー?!①

 春瑠は店の看板をしまい、扉の札を“close”にして店内に戻ってきた。店内には、結羽とその幼馴染2人、そして友達が集まっている。和真の先輩の杏子は、仕事があったので名残惜しそうにカフェに戻っていった。

「まさか、蒼空くんが海未ちゃんのあのモデルの弟さんだったなんて」

「私もびっくりよ!最近、蒼空が色々と花とか持って帰るようになったと思ったら……」

 結羽と海未に見つめられて、蒼空は気まずそうに視線をそらす。

「うるさいなー。海未姉には、後で言おうと思ってたんだよ」

「そういうのは早く言いなさいよ!」

 海未に頭を小突かれ、彼は頬を膨らませた。その姿を見ると、彼が高校生であることを感じさせられる。

「蒼空くん、すごい大人びて見えるけど、海未ちゃんといるときは高校生って感じになるんだね」

「いつまでもこの子は子供だよー、本当にもう」

 海未は困ったような表情をしているが、どこか嬉しそうなのが伝わる。

 実は、蒼空は海未の上の弟だったのだ。蒼空は、海未から私の写真を見たことがあったので、顔を知っていた。だけど、私は彼女の弟がモデルとしか聞いていなくて、テレビとかもあまり見ないので、特に顔とかは見たことなかったのだ。確かに言われてみれば、2人の目元や鼻などが似ている。

「松川の弟がモデルやってたなんて知らなかったわ」

「しかも結構、今人気だよね」

 和真と蓮も話に加わる。

「すげぇな。てっきり、結羽狙いの変な虫が来たかと思ったわ」

「和真、それは失礼だよ」

 蒼空の素性が分かり、2人も安心したように口々に言い、蒼空に絡む。

「いや、でも俺。本気で結羽さんのこと好きなので」

「えっ!?」

「は?」

「ちょっ、蒼空!何言ってるの」

 さらりと蒼空の言った言葉に春瑠以外の人間が凍りつく。本人は平然と言葉を続ける。

「俺、一途で負けず嫌いなんで、お兄さん達に負けませんから」

「宣戦布告……ってことでいいのかな」

 蓮の目が鋭くなる。その横で和真も挑むような目線を送る。それに対して、臆することなく、蒼空は2人の目を見てはっきりと言う。

「はい。姉からお二人のことは聞いていたので、最初からそのつもりです」

「言うじゃねぇか」

「高校生だからって、子供扱いしないでください。やる時はやりますから」

 蒼空は和真より少し背が高いので、見下ろすようにして見る。それが気に食わないのか、和真は今にも掴みかかりそうな勢いで、

「お前には、たぶん無理だろうけどな」

 と言う。そして、蓮と2人で結羽を間に挟むようにして、並ぶ。

 その姿を見て、海未は苦笑しつつ、蒼空の腕を引く。

「蒼空、馬鹿なこと言ってないでそろそろ帰るよ」

「いや、俺は本気だよ!」

「はいはい。後でゆっくり聞くから。店長さん、お騒がせしてすみませんでした」

“姉の言うことは絶対”なのか、彼は大人しく海未に手を引っ張られていく。

 そして、すれ違う時に私に向かって、

「またね、結羽さん!また近々会おうね!」

 と言いながら、ドアの向こうに消えていった。

 残った和真と蓮と顔を見合わせる。

「松川の弟、なかなかだな」

「あれは、仕事ができるね。売れてるのも頷ける」

「初めてお会いしたけど、海未ちゃんの弟って言われて、なんか分かる」

 口々に感想が出て、3人はクスクスと笑い合う。和真が私の手にしている袋を見る。

「それ、どうするんだ?」

「折角だし、部屋に飾る。実は欲しかったものなの」

「何をもらったの?」

「うさぎのフラワードール」

 そう言い、袋から中身を取り出すと2人は納得したように頷いた。それはいかにも私が欲しがりそうなものだったからだろう。

 小さい頃からうさぎが好きで、ぬいぐるみや文具などもうさぎばかりだった。2人が初めてプレゼントしてくれたものが、うさぎのぬいぐるみだったのが、好きになったきっかけだ。今はもう母と共に眠っているが、自分にとっては大好きな人たちからの初めてのプレゼントですごい嬉しかったのを覚えている。何故、うさぎのぬいぐるみなのか2人に聞いたら、

『うさぎっぽいから』

『穏やかでいるだけで癒される所が似ているなって思ったんだ』

 とすぐに返答があった。一緒にいるだけで、特に何も返せてないが、2人に何かあった時は、一番に何がなんでも助けると密かに心に決めている。

 小さい時のことだから、2人は覚えてないだろうけど。

「素敵なもの、もらえたね」

「うん!」

「なんか、アイツに負けた気分」

「和真はすぐに対抗心燃やすところ、いつまでも子供だよね」

「だってよ!」

「はいはい、もう帰るよ」

 和真が何か言う前に、蓮は話を切り上げる。何か言いたげな顔をしつつも、彼は黙る。春瑠はそんな2人のやり取りを笑いながら見て、

「結羽ちゃん、着替えておいで」

 と仕事終了の合図を出した。すぐに着替えに行き、2人と店を後にする。



「蒼空、お風呂上がったら部屋に来て」

「はい」

 海未は家に着くまで、無言で何かを考えている様子だった。何となく、家に着いたら呼び出しを食らうだろうなと思っていたら、案の定だった。大人しく返事をして、自分の部屋に入ると、

「あ、おかえり」

「おう。陸空りく、今日は早いな」

「うん、テスト前だから」

 2つ下の弟、松川陸空が勉強していた。静かに集中したいとき、彼はいつも自分の部屋ではなく、家の中で一番どの部屋からも離れている俺のところに来る。高校1年生で、サッカー部に所属している。3人兄弟の中で一番大人びているかもしれない。料理が上手く、親が忙しい時などによく作ってくれる。甘党でお菓子なども自分で簡単に作ってしまう。自慢の弟だ。

「もうテスト前か……」

「蒼空くん、勉強しなくていいの?」

「もはや、授業で何言ってるのか分かってればいいか的な」

「それで赤点とらないからすごいよね」

「まあね」

 勉強の邪魔をしないように、静かに風呂に入る準備をして部屋を出る。唯一リラックスできる空間がお風呂場だ。考えを整理するのにも適している。今日のことを思い返しながら、あることを考えていた。海未にその話をしたら、どんな顔をするだろうか。でも少しでも結羽に自分のことを知ってもらうためには、いい機会な気がする。

 お風呂から上がり、仕度をしてからそのまま言われた通りに海未の部屋に行く。部屋をノックするとすぐに返事があった。

「入っていいよ」

 ドアを開き、中に入ると海未はベットの上でクッションを抱えながら、携帯を見ていた。蒼空の姿を見て、ベットから降りる。

「今日もお疲れ。そこに座って」

「はい」

「今日のことだけど。本気なの?結羽のこと」

 海未は回りくどいことは言わず、単刀直入に本題を切り出す。そういうサバサバとした性格は好きだ。

「うん。写真見たときは、タイプだなぐらいだったけど、花屋さんでの姿見て変わった。あの誰にも優しくて、花とかも優しく扱ってて、気配りできるところに惚れた」

「そうなんだよね。結羽のそこがいいよね~」

 俺の言ったことに、海未は首を縦に振り、頷きまくる。機嫌はそこまで悪くなさそうだったので、思い切って話を切り出した。

「俺さ、今度の仕事で1人の一般女性と芸能体験dayっていうテレビ企画があるんだ」

「ああ、あれ?有名な芸能人と一緒に仕事体験して、芸能活動を経験できるってやつ」

「そう、それ」

「そこからデビューする人もいるらしいよね」

「ああ。それに結羽さん出ないかなと思って」

 一瞬、海未が髪の毛を弄んでた手が固まる。

「え、本気?」

「本気。無理かな?」

 彼女は顎に手を当て、しばらく黙る。手持ち無沙汰に俺は近くに置いてあったクッションをもふもふする。海未は眉間に皺を寄せつつ、

「うーん。結羽はそういうのに興味ないタイプだからなぁ。なんでそれ思い付いたの?」

「俺のこと知ってもらうのに一番手っ取り早いと思って」

「あはは!そういうこと!あの番犬くん2人に対抗するために?」

 お腹を抱えながら、笑っている姉に手にしていたクッションを投げつける。自分でもそんなことで、彼らと差のついている時間を埋められないことは分かっている。だが、やってみるだけやってみようと思うのだ。もっと仲良くなりたいから。

「いいんじゃない?あんたにとってもいい経験になるかもだし」

「どういう意味?」

「内緒。明日、結羽に話してみるよ」

「マジっ!?」

 案外すんなりと姉から協力を得られて驚く。ちょっと気になる言葉を言われたが、気にしていてもしょうがないから考えないでおく。今はとりあえず結羽にこの話を引き受けてもらうのが先だ。

「でもあれって、応募制じゃなかった?」

「実は、今年から方針が変わって、周りの知り合いから集めることになったらしいんだ。なかなか良い素質の人を探すのが大変らしくて」

「へぇ、芸能界も大変ね」

 と言いつつも、彼女の顔は楽しそうに笑っていた。

「明日、蒼空は休み?仕事」

「うん。テストあるから、仕事は今週は落ち着いてる」

 携帯を見て、カレンダーをチェックしながら答える。すると、海未の口から思いがけないことを提案された。

「明日、結羽を家に呼ぼうか。私から言うより自分の口から話した方がいいと思うよ」

「えっ」

「仕事してお金を稼いでる人間として、ちゃんと自分で仕事はお願いしなさい」

 少し真面目な顔で正論を言う。そんな一面も好きなところだ。ちゃんと甘やかしてくれる時と厳しい時もあって、人様に自慢できる姉で実は誇らしい。本人に言うと、茶化されそうだから言わないけど。

「わかった」

「よろしい。丁度、陸空にも会わせたかったし」

 とそのとき、タイミング良く陸空が海未の部屋のドアをノックした。

「海未姉、ご飯……ってあれ。蒼空くんもいたんだ」

「おう。海未姉に話があってよ」

「へぇ。2人ともご飯できたって、お母さんが」

「「ありがとう」」

 陸空はドアを開けたまま、部屋を出ていこうとして海未が呼び止める。

「陸空。明日家に何時頃帰ってくる?」

「明日?明日はテスト前日だから、夕方ぐらいには帰るよ」

 首をかしげながらも振り返って、彼は答えた。すると、彼女は嬉しそうに

「明日、結羽を家に呼ぶ予定だから会えるかもよ」

「え、あの俺の卵焼き好きって言ってくれる?」

「そう。蒼空が彼女に用があってね、来るかも」

「ええー。なんかお菓子作ろうかな」

 陸空が珍しくテンション高めな声で反応する。“待ってました”と言わんばかりに海未は、お菓子候補の名を挙げる。陸空はしばらく考えて、

「甘いのが苦手な蒼空くんもいるから、バナナケーキにしようかな」

 と言い置いて、部屋を出ていく。その後を海未もついて行きながら、つぶやく。

「明日は賑やかになりそう」


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