第2章 ライバル出現!②

 しばらくして、和真が店に顔を出した。どうやらバイトが終わって迎えに来てくれたようだ。

「結羽、迎えに来たよ」

「和くん!お疲れ様」

「あ!君が結羽ちゃんのもう1人の幼馴染か」

 春瑠が和真の姿を見て、反応した。和真も頭を下げ、挨拶をする。

「結羽がお世話になります。上野和真です」

「こちらこそ、この間は伝言を伝えに来てくれてありがとう」

 春瑠は微笑む。2人が会話している間に、ロッカーに行き、帰り仕度を整える。結の幼馴染と自分の幼馴染が話している光景は何とも不思議な感じがする。親子揃って幼馴染がいるのもなかなか稀だと思う。仕度を終えて、店の方に戻ると2人がこちらに顔を向けた。

「結羽ちゃん、初日お疲れ様。次は水曜日ね」

「はい!ありがとうございました」

「それじゃあ、失礼します。結羽、行くぞ」

 和真がさりげなく鞄を持ってくれ、そのまま店の外に出る。その後を追いながら、春瑠の方にお辞儀をした。彼は軽く手を振る。もう一度頭を軽く下げて、和真のところへ小走りに近寄り並んで歩く。

「お疲れ、結羽」

「ありがとう。楽しかった~」

「上手くやれそうか?」

「うん!お客さんもみんな優しくていい人ばっかり」

 私の表情を見て、彼はほっとしたように微笑む。そして、ぽんと頭に手が置かれた。

「楽しそうで何より」

 久しぶりに頭を撫でられて、ドキッとする。和真の手はいつの間にか男の人の手になっていた。小さい頃は女の子のように手が小さかったのに。

 つい嬉しくなり、和真の腕に抱きつく。

「どうした?」

「ううん、何でもない」

“変なやつ”と彼は呟きつつ、腕を組まれたまま歩き続ける。角を曲がり、大通りに出ると急に後ろから声をかけられた。

「あれ?和真くん!」

 女の人の声で、2人は同時に振り向く。和真が納得した表情で、軽く会釈をした。

杏子きょうこ先輩。お疲れ様です。買い出しですか?」

「そうなの。店長って人使い荒いよね」

「ですね。杏子先輩はいつも買い出しに行かされてるイメージっす」

「ええ!ひどくないー?」

 楽しそうに会話しつつも、彼女がチラリと私の方を見た。軽く頭を下げると、

「この子は?もしかして彼女ー?」

 と甘えるような声を出し始めた。正直、苦手なタイプだ。上から下までジロジロと見られるのもあまり好きではない。そっと和真の腕から体を離し、首を横に振る。

「彼女では、ないです。幼馴染で」

 そう答えると、和真が何か言いたげにこっちを見たが、結局何も言わずに杏子に笑顔を向ける。

「そうなんですよ。たまたまバイトの終わり時間が同じで一緒に帰ろうってなって」

「あ、なんだ!そうなんだ~。私は和真くんと同じ職場の浜田杏子はまだきょうこです。宜しくね」

 ニコニコしながら、彼女の目は笑っていなかった。まるで、獲物を捕えようとしている動物のようだった。和真のことが好きなんだろうなとすぐに分かった。彼本人は気づいてなさそうだけど―――。

 丁度その時、近くでクラクションが軽く鳴った。道路の方を見ると、

「蓮くんだ」

「お、ラッキー!迎えに来てもらえた。結羽、行こう。先輩、俺たちはここで失礼します!」

「え、あ、うん。またカフェでね……?」

 和真が蓮の方に結羽を向かわせながら、杏子に会釈する。あまりに突然で、杏子も唖然としている。その姿を尻目に蓮の待つ車の方へ行き、後部座席に乗った。

「2人ともバイト、お疲れ」

「サンキュー、蓮。ナイスタイミングで来てくれた」

「うん。なんか話長くなりそうな雰囲気だったから」

「さすがだわ。惚れるぜ」

「はいはい。結羽ちゃん、シートベルトした?」

「うん、したよ」

 返事するや否や車はすぐに走り始めた。



 水曜日になり、バイトへ向かうとお店の前にこの間の男性がいた。今日は和真と一緒に来ているからか、声はかけられず、チラリと見られるだけだった。そして、ほぼ毎日のようにその男性は店に来るようになった。

「結羽ちゃん、また来てるね」

「ですね……」

「お花をたまに買って帰る時もあるから、何とも言えないよね」

 春瑠の計らいで、男性が来るときは結羽はレジ奥の作業場にいるようにしている。

 初めて会ったとき以来、特に話しかけられるようなことはない。ただ毎日来て、花を眺めたり買ったりするだけで、どう対応したものかと春瑠も悩んでいる。いつも帽子とサングラスをしているので、年齢も20代くらいだろうとしか予測できず、頭を抱えている。

 しかし、今日はいつもと様子が違っていた。何か決心したかのように足取りに迷いがなく、ある花の前で立ち止まった。そして、

「すみません。このウサギを1ついただけますか」

 と春瑠に声をかける。彼の指が指しているものは、小さいバラで作られたフラワードールだった。実は最近、春瑠に提案して販売し始めたばかりの物だ。ここで働き始めて気づいたのが、カフェもあるからか女性客が多く、特に年齢層が幅広い。そのため、女性受けの良さそうなものを売ってみるのもいいのではないかと思い、提案したのがフラワードールだ。バラは花の中でも色々な色があるので、それを使ってウサギやクマ、ネコなど動物の形にして、女性の心を掴めるように工夫した。それを彼は注文したのだ。

「プレゼント用ですか?」

「はい。包装ってお願いできますか?」

「もちろん、承ってますよ。リボンをつける形でよろしいですか?」

「あ、はい、それで」

 春瑠は慣れた手つきで、プレゼント包装をしていく。待っているお客様を退屈にさせないように雑談も欠かさない。

「どなたかのお誕生日祝いとかですか?」

「あ、いえ……。そういうのではないんですが」

「そうなんですね。女性の方にお渡しされるなら、とても喜ばれると思いますよ」

 春瑠は笑顔でラッピングを終えたフラワードールを手渡す。相手は少し照れたようにそれを受け取り、その場で立ち止まったままでいる。不思議に思いつつも春瑠も首を傾げて待つ。

「……」

 しばらく沈黙が続いた。息をするのも忘れて、2人の様子を静かに見守っていると男性が意を決したように帽子とサングラスを外した。

「あの。笑顔が可愛らしい女性の店員さん、今日はいますか?」

「え、ええ。今日は奥で花の手入れをしてもらってますよ」

 男性は少し幼さが残っているが、大人びた顔をしていた。どこかで見たことがあるような気がした。テレビ等に出ていそうなほどの顔立ちが整っている人だった。春瑠もまじまじと顔を見つめている。

「彼女に、その……。これ、渡してもらえませんか?」

「え?」

「いつも花を愛おしそうに見ている姿が印象的で」

「ちょ、ちょっとお待ちください」

 彼の話を遮り、春瑠は急いで私のいるところにやって来て小声で囁く。

「どうする?結羽ちゃん」

「何がなんだかで頭が……」

「僕もまさかの展開すぎて、動揺がすごい」

 いつも温厚でにこにこしている春瑠も珍しく表情が焦っていた。

 こんな漫画みたいな展開があるだろうか。ドキドキしてしまう。とりあえず、相手をあまり長く待たせるわけにもいかない。

「ひとまず、お話してみます」

「うん。僕も仕事しつつ、そばで見てるね」

 うなずき、春瑠に花の手入れセットを渡し、彼の待つレジに歩み出ると、

「あっ……!会えた」

 彼がすごく嬉しそうな表情になり、笑いかけてきた。その笑顔があまりにも可愛くて、つい見つめてしまう。

「何か俺の顔についてる?」

「あ、い、いえ!笑顔が可愛らしいなと思って……」

 つい思ったことをそのまま口にしてしまった。

「本当?なんか照れるな……。あの、コレ。君にプレゼントしたくて」

「ウサギ……」

「いつもこのドール見てる時、すごい欲しそうな顔をしてたから、あげたくて」

「えっ!そんな顔してました?」

「うん、してた」

 彼はクスクスと笑った。フラワードールを見ているときの表情を見られていたとは思わず、恥ずかしい。でも、よく見てる人だなと思った。笑顔も本当によく似合う人だ。素直にいい人だと思い、プレゼントを受け取る。

「ありがとうございます。でも、なんでここまで……?」

「君の喜ぶ顔が見たくて」

 照れたように彼は手を頭の後ろに回した。

 その仕草が和真と同じで、またもや見つめてしまう。

「こうやって話せるのもすごく嬉しい。あの……、良かったら名前教えてもらえるかな?」

「えっと……」

「あ!ごめん、俺から名乗るべきだった。俺は松川蒼空まつかわそらです。」

「松川くん……。私は葵結羽といいます。」

「結羽さん。すごい可愛い名前」

 “可愛い”と見つめられて言われることに慣れてなく、思わず顔が赤くなる。彼はストレートに気持ちを言葉にするタイプのようだ。今まで和真や蓮、親、先生以外の男性と接することが少なくて、どう反応すればいいか困ってしまう。

「結羽?」

 その時、聞き慣れた声が店の入り口の方からした。そちらに視線を向けると、

「和くん……?」

「あれー?この間の子だ!ここで働いてるんだ?」

 なんと入り口にいたのは、和真とその先輩の杏子だった。さらに驚いたのが、2人は手を繋いでいたのだ。私の視線に気づいたのか、和真は慌ててその手を振りほどく。

「いや、これは……!」

「なになに?彼氏……って、えっ!?蓮斗れんと!?」

 手を振りほどかれたことなど気にした風もなく、杏子は蒼空を見て、黄色い声をあげた。彼はさりげなく帽子だけ目深に被った。

「いや。人違いだと思いますよ」

「え、いや、絶対あの蓮斗だよ!ちょっ、めちゃめちゃ実物イケメン!!」

 杏子の声にお店の外で歩いている人が何事かと中を覗きに人が集まり始めた。春瑠がレジ奥から出てきて、杏子に声を落とすようにお願いする。

「お客様。申し訳ございませんが他にもお客様がいらっしゃるので、声のトーンを……」

「あ、すみませーん。ビックリして」

 杏子はすぐに謝りつつも目線はしっかり蒼空の方を向けていた。和真も私の手にしているものを見つけて、彼と私を交互に見た。

「結羽、この人は?」

「えっと……」

 何と説明すればいいか分からず、言葉に詰まる。和真には変な人が来てるという話を伏せていたのだ。私が口ごもる姿を見て、何を思ったのか、和真がさりげなく私たち2人の間に割って入る。

「結羽に何か用ですか?」

「あなたは……?」

「結羽の幼馴染です」

「幼馴染……。とてもカッコいいですね、お兄さん」

 蒼空は和真の険しい表情にも動じず、にこやかに返答した。それが気に食わなかったのか、和真は蒼空を睨み付ける。

 すると、ちょうどその時新たな客が店の入り口に来た。

「うそ。蒼空?何してるの?」

 そこにいたのは、海未と蓮だった。

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