第2章 ライバル出現!①

 土曜日、天気もよく気温も過ごしやすい5月晴れになった。

 久々に結が朝ご飯を作ってくれ、2人で食卓を囲んだ。

「お父さんのパンケーキ、すごい久々だ」

「ごめんね、最近作ってあげられなくて」

「ううん。いつも和くんとか蓮くんが食べに来てくれてたから大丈夫だよ。食べよ!」

 両手を合わせて、“いただきます”と声が揃う。つい、私は嬉しくなって口元がほころんだ。昔、母がまだ生きていた頃もよく、3人の声が揃って息がピッタリだったことがあった。今でも鮮明に覚えている。

「今日は、春瑠のところに行ったら、久々にお出かけしようか」

 結はパンケーキにシロップをかけながら、顔色を伺ってきた。

「うん!あ、藤の花を見に行きたいかも」

「そっか、もうそんな時期だね。うん、いいね。行こうか」

「やった!ありがとう」

 久しぶりのパンケーキを堪能して、お腹を満たして一息ついている時に蓮が迎えに来た。彼らは合鍵を持っているが、結がいる時はいつもインターホンを鳴らす。結羽が玄関まで行き、ドアを開けると

「おはよう、結羽ちゃん」

「蓮くん、おはよう。今日は何かいつもと違う?」

「髪をセットしてないからかな?」

 少し癖毛のふわっとした髪が風で揺れる。母親似の蓮は見た目がふわふわしている。仕事ができるので、そのギャップにやられる女の子は多いらしい。海未が前に言っていた。

「久々にセットしてない髪、見たかも」

「仕事の時は、きちんとしているからね。もう出掛けられる?」

「あ、うん。お父さん、呼んでくるね」

 蓮を玄関内に入れ、居間のソファでコーヒーを飲んでいる結に声をかける。

「お父さん、蓮くん来た」

「お、じゃあ行こうか」

 お菓子と鞄を持って、3人は蓮の車に乗る。数日前に和真にお願いして、春瑠に今日行くことを伝えてもらっているので、そのまま花屋に向かう。

 和真の働いているカフェの駐車場に車を止め、歩いて花屋に行くと、

「結、久しぶりだね」

 店の中からすぐに春瑠が出てきた。彼の姿を見て、結も微笑んだ。

「春瑠!数十年ぶりだね。元気そうでよかった」

「お陰さまで。やっと羽菜の夢を形にできたよ」

「ありがとう」

 2人はどちらからともなく、抱き合った。そして、しばらく昔話に話が咲き、私の知らない結や羽菜の姿を知ることができて、とても楽しい時間が過ぎた。今日はお店を閉めているらしく、お客さんも来ず、花に囲まれた空間でお喋りができるのはとても幸せだ。近況報告なども済ませ、結が話を切り出した。

「ところで、今度から結羽がアルバイトでお世話になるよ」

「ああ。こちらこそ引き受けてくれて助かる」

「女の子で何があるか分からないから、バイト終わりには彼やもう1人の男の子が迎えに来ることになってるから」

「えっ?」

 春瑠は少し戸惑いの表情を見せる。蓮は静かに頭を下げ、名刺を差し出す。

「私、桜木コーポレーションの社長、桜木蓮と申します」

「社長さん!?」

「そう。蓮くんは結羽の幼馴染で、お父様が2年前に亡くなられてね」

「幼馴染……。そういうことか」

 得心を得たように彼はうなずいた。

 いつしか私が何か始める度に、心配性の結が幼馴染の彼らに送り迎えを頼むようになった。なので、必ず相手には最初、蓮たちの存在に驚かれる。ある意味、ボディーガードのような役目だ。海未がいう“番犬”もあながち間違いではないなと思う。

「結、お前は過保護だね」

「うん、羽菜のことがあってから、すごく心配でね……」

「羽菜と何の関係が?」

 結は普段この話をあまりしたがらない。

 だが、相手が幼馴染だった春瑠だからか、珍しく詳しい話をした。

 彼がこんなにも私のことで心配するようになったのは、羽菜が事故で亡くなった頃からだ。理由は、母を失った私が精神的に心が壊れ、何度か死にかけたことがあるから。大好きな母を突然失い、心が追い付かなかった。その頃、結は仕事がかなり忙しいときで、家に帰ってくるのはいつも深夜近くだった。そのため、家に1人でいることも多く、どんどん病んでいくのに時間はかからなかった。蓮や和真も部活などで忙しく、話す機会も少なくなっている時期でもあった。心を壊して以来、2人は極力私と一緒にいる時間を増やすようになったのだ。2人と一緒にいる時間が増えてから少しずつ母の死を受け入れ、自分の気持ちと向き合えるようになり、今は心も安定している。だけど、いつまた同じことが起こるか分からないからか、結を含め3人は今もずっと心配してくれているのだ。

 その話を聞いて、春瑠も

「僕にできることがあれば、言って」

 と優しく微笑んでくれた。私は本当に周りの人に恵まれているなと強く思う。こういう人たちを自分もちゃんと大事にしたい。

「じゃあ、早速来週から来れるかな?」

「はい!週3日ぐらいなら」

「うん、助かるよ。そしたら、月曜日の夕方17時ぐらいに来れる?」

「大丈夫です」

「じゃあ、来週月曜日から宜しくね」

「はい!宜しくお願いします!」

 人生初のバイトが羽菜が大好きな花屋で働けることになった。少し大人に近づけた気がして、嬉しい。花について、また勉強しようと思った。

 そして、春瑠にお礼を言って店を出る頃にはもう夕方になっていた。

「藤の花、見に行けないね、この時間だと。ごめん」

「ううん。昔話を沢山聞けたから楽しかった!」

「明日、和くんも一緒にみんなで行こうか」

「いいですね。親にも言っときます」

 蓮も嬉しそうに笑った。

 みんなで出掛けるのはいつぶりだろうか。かなり久しぶりな気がする。明日も最高に楽しそうな1日になりそうだ。



「いらっしゃいませ~」

 月曜日、大学の授業後に蓮が車で迎えに来てくれ、バイト先の花屋まで送ってもらった。そして、エプロンをつけて、春瑠の指導のもと、只今接客中である。

「あら、新しいバイトの子?」

「はい!今日からで」

「まぁ、ここの空間に似合う可愛らしいお嬢さんだこと」

「ふふふ、ありがとうございます!どのようなお花をお探しですか?」

 常連客の方が夕方は多く来るらしく、初めての仕事をするのにはとてもやりやすかった。気さくでおおらかな人が多く、世間話が8割ほど。昔から年上には好かれやすいからか、すぐにお客様と仲良くなる。元々花の知識は羽菜に叩き込まれていたので、仕事に問題はなかった。ただ、

「結羽ちゃん、意外と不器用?」

 クスクスと春瑠は、私の手元を見ながら笑う。花束を作るのがかなり下手くそなのだ。

「はい……。昔から裁縫とか苦手で」

「羽菜にそこは似たんだね。要練習だね、これは」

「はい、ご指導お願いします!」

 うんうんと頷きながら、彼は1つひとつ丁寧に切り方や組み合わせ方を教えてくれた。必死にメモをしながら、頭に形を記憶していく。

 そんな時に、芸能人風の男性が1人、お店に入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 すぐに接客モードに切り替える。しばらく男性は店内を見渡し、それから私の方をじっと見つめた。

「何かお探しですか?」

 首を傾げつつも、近くに歩み寄り尋ねてみると、

「僕の運命の人!やっと見つけた」

「……えっ!?」

 急に両手を握りしめられる。サングラスと帽子をしていて、口元しか分からないが、とてもニコニコと嬉しそうにしているのは伝わる。

「えっと……、一度どこかでお会いしたことが?」

「会うのは、今日が初めて」

「ひ、人違いとか……?」

「いや。……っと、もう仕事の時間だ。また会いに来るね」

 携帯のバイブに反応し、彼はすぐに手を離して、店を後にした。

 突然な出来事に頭が追い付かない。首を傾げながら春瑠と顔を見合わせる。

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