第1章花屋のバイト始める!?②
「ああー、久々の買い物は楽しい!」
「ふふふ。よかった」
「結羽、付き合ってくれてありがとうね」
「いえいえ。そろそろお店、向かう?」
そう言いながら、携帯で和真のお店を検索する。思ったより、今いるところから徒歩10分ほどで近かった。携帯の地図を見ながら、歩いていくとどこからか花のいい香りがする。
「あれ、なんかいい匂い」
海未も香りに気づいたのか、鼻を動かしている。
「うん。これ、パンジーとかのお花の匂い……」
香りに誘われるままに歩いていくと、和真が働いている店の隣にたどり着いた。そこはこじんまりとしたお花屋さんだった。2人は花屋の方に足を向けた。
「わぁ!一歩入っただけで、世界が変わる!」
「うん、すごい……!」
そこは、普通の花屋とは少し異なっていた。季節の花々がただ並べられて、飾られているのではなかった。まず、入り口はアーチ状になっていて、まるでお城の庭園に踏み入れたかのような感覚になる。そして、天井から籠がぶら下がっていたり、花壇に植えられているもの、花瓶で飾られているものなど、様々にレイアウトされた花々があった。
「いらっしゃいませ」
「「こんにちは」」
「本日は、どのようなお花をお求めですか?」
物腰の柔らかな雰囲気の店員が奥のレジから出てきた。
「あ、通りの方まで花の匂いがして、気になって来たんです」
「なるほど、そうだったんですね。是非ゆっくりしていってください」
そう言って、彼はすぐにレジの方に戻り、客の邪魔にならないように静かに仕事をしていた。私たちの他にお客さんは、2人来ていた。その人達も各々で花を楽しげに愛でている。
「ねぇ、結羽」
「?」
「この花って何て言うの?よくお花屋さんで見るけど」
「シロツメクサだよ。花言葉は、幸福や約束。また復讐って意味もあるの」
他の花を見ながら、彼女に解説する。
実は、結羽は亡き母から、たくさんの花や花言葉を教わっていた。母はずっと花屋で働いていて、将来は自分のお店を開くのが夢だと言っていた。それは叶わなかったが……。
「そういえば、お母さんもこんな感じのお店にしたいなって言ってたな」
「え?結羽のお花好きなお母さん?」
「うん。自分の店をいつか開く時のイメージ図をよく描いてて、前に見せてもらったことがあるの」
私たちの会話を聞いていたのか、店員がこちらを見つめる視線を感じる。そして、少し目を見開き、下を見て、私を見るのを数回繰り返した。
それに目敏く気づいた海未が躊躇わずに店員の方に近寄った。
「店員さん。何か言いたいことでもあるんですか?」
「ちょっ、海未ちゃん……!」
私は慌てて、海未の手を取り、出入口の方に引っ張る。彼女は黙っていられない質で、何かと喧嘩っ早いところがある。
すると、それまで黙っていた店員が
「もしかして、
と思いがけないことを口にした。
思わず海未を掴んでいた手の力が緩む。
「え……?母をご存じなのですか?」
「はい。私、羽菜さんとは古くからの知り合いでして。この店も彼女の夢を叶えるために、やっとオープンできたんです」
「ええっ!?結羽のお母さんの知り合い?」
突然の出来事に、いつも冷静な海未もとても驚いていた。
でも、何か引っかかる。何故、母の旧姓ではなく、今の姓を知っているのか。
少し考えていると、ふと父の言葉を思い出した。
『お父さんとお母さんもね、幼馴染だったんだ』
『そうなの?』
『うん。結羽たちと同じで、もう1人幼馴染がいてね』
『彼、今何してるのかしらね?』
『きっと、好きなことやって伸び伸びとやっていそうな気がするよ』
お父さんとお母さんの2人が幼馴染で、もう1人いると言っていた。もしかしてと思い、
「あ、あの。もしかして父と母と幼馴染だった方ですか?」
「そうです、そうです!ご存じでしたか。
「あ、ありがとうございます……」
彼は、柔らかく微笑んだ。彼に思わず見とれていてると、レジ横の小さい張り紙が目に入った。
「アルバイト募集……」
「ああ、今1人丁度辞めてしまって、人を求めているところなんです」
すぐにその言葉に反応したのは、海未だった。私の手を取り、考えもしなかったことを口にした。
「結羽、ここでバイトしてみたら?」
「へ?……えっ!?」
「この前、働いてみたいなって言ってたし、丁度良いんじゃない?」
「いや、でも……」
「結羽、花のこと詳しいし、上野くんが隣の店で働いてるから、帰り遅くなっても大丈夫だよ」
ぐいぐいと詰め寄る、彼女。それに参戦するかのように店員の方も、
「それはいいですね!僕も葵さんの娘さんと働けるのは、願ったり叶ったりです」
と嬉しそうに言う。
働くなら花や本に関する仕事がしたいと思ってはいる。だが、良いのだろうか。父と母の幼馴染でもあった人で、恐らく父と2人で、母のことが好きだったに違いない。父はどう思うだろうか。
「一回、考えさせてもらってもいいですか?」
「もちろん。君のお父さんの結と話す必要もあるだろうしね」
私が懸念としていることを読み取り、彼は優しく言ってくれた。
また来ると伝えて、海未と2人で和真のいるカフェに移動した。
「「バイト!?」」
和真のバイトが終わり、海未と別れて家に帰ると父と蓮が居間にいた。
丁度良い機会だと思い、3人に花屋での出来事を話した。和真と蓮は口を揃えて反応した。父の
「春瑠、元気にしていたんだね」
「うん。お母さんの夢を叶えて、キレイなお花屋さんを運営してたよ」
「そうか、良かった。アルバイト、結羽がやりたいなら良いんじゃないかな?」
「おじさん!いいのかよ」
和真が結に詰め寄った。結はにこにこしながら、
「和くんが隣のカフェで働いているし、安心かな」
と言うと、
「確かに。和真が近くにいるから何かあっても大丈夫だね」
「蓮まで!」
珍しく蓮も結に賛同した。連は社長になってから少し考え方が変わった気がする。前は、ちょっとしたことでもすぐに心配していた。でも今は、結に似てきたように思える。
父の結は、中高一貫校の国語講師をしている。心配性だが、やりたいことがあれば必ずやらせてくれる笑顔の絶えない優しい人だ。連はそんな結をとても尊敬している。
そして、母の羽菜は、結がよく通う花屋で働いていて、2人はそこで再会したそうだ。それからの結婚まではあっという間で、毎日笑顔の絶えない家だった。母が亡くなった今でも和真や蓮が家に来てくれて、結も嬉しそうにしている。
「春瑠は知らない人でもないから、大丈夫だよ」
「……ったく、わかったよ。まぁ、何かあればすぐに言えよ。結羽」
「うん。ありがとう、みんな!」
「今度の土曜日、僕も休みだから春瑠のところに行こうか」
「本当?わかった!」
ここ最近、結は仕事が忙しく家に帰ってくるのが遅かった。なので、久々に一緒に過ごせると知り、とても嬉しい。
蓮も携帯を確認した。
「僕もその日は仕事が一段落するから、車で送りますよ」
「いいの?蓮くん、悪いね。ありがとう」
結と蓮の会話を聞き、和真は私の方に来て耳元で囁いた。
「何か最近、蓮のやつ変わったよな」
「そうだね……。ちょっとお父さんに似てきたかも」
「つまんねぇな。大人って感じが」
「ふふふ。妬いてるの?」
「別に」
ちょっとふて腐れたように和真はソファに座った。すぐに蓮もソファに寄りかかる。
「結羽ちゃん、バイト頑張るんだよ」
「うん!蓮くんも仕事は大変?」
「ううん。今は、そんなにだよ。……何、和真はふて腐れてるの?」
「ちげぇよ。ちょっと疲れてるだけ」
昔から和真は嘘をつくとき、“疲れてる”という癖がある。それを知っているので、私と蓮は顔を見合わせて笑った。蓮が和真の頭を犬を撫でるかのようにぐしゃぐしゃにした。
「ちょっ、やめろって!」
と言いつつも、嬉しそうな表情をしている。端から見ていると本当の兄弟のようで微笑ましい。2人のこの光景を見るのがとても好きだ。この2人と一緒にいるのはやっぱり落ち着く。このままがいつまでも続きますように。
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