第1章 花屋のバイト始める!?①

「結羽!おはよっ」

 校門を通って、すぐ後ろから聞き慣れた声がした。振り返ると、

海未うみちゃん。おはよう」

「今日もその服、可愛いね」

「本当?ありがとう」

 彼女は、松川海未まつかわうみ。大学で、初めて出来た女友達である。同じ文学部2年生。歌手を目指していて、声がとても綺麗。彼女の声は、いつも聞いていたくなる。そして、必ずいつも毎日何かしら、私の変化に気づいてくれ、反応してくれるのでとても嬉しい。

「あれ?あの番犬たちは?一緒じゃないの?」

「番犬って、犬じゃないよ~」

「え、いつも結羽の周りにまとわりついてるじゃん」

 海未は辺りを見渡す。すると、結羽の歩いていた方向の前方で人だかりが出来ていた。それを見て、彼女は納得したようだ。

「今朝も囲まれてるのね」

「うん。2人ともカッコいいからモテモテさん」

「結羽もモテモテさんだよ?」

「え?」

 首をかしげながら、海未を見る。

 海未は結羽の腕を取り、苦笑いした。

「本人が自覚なしだもんなぁ。おーい!そこの2人!!」

 前方で女子に囲まれている2人に、彼女は声をかける。一斉に結羽と海未の方に視線が集まった。人だかりの中心にいた2人組がほっとしたような表情でこっちを見る。

「松川!」

「松川さん」

「悪い、俺ら授業があるから」

「ごめんね」

 そう言って、2人は女子の人だかりから逃げるように私たちのところへ来る。

「サンキュー、松川」

「どういたしまして。結羽を1人にするなんて、番犬として躾がなってなくない?」

「俺らは犬じゃねぇ!」

 2人を見て、思わず笑う。彼は、幼馴染の上野和真うえのかずま。同い年で法学部2年生。海未とは良く軽い言い合いをしているが、仲良しだ。2人のテンポの良いやり取りを見るのが好きだったりする。

「結羽ちゃん、大丈夫だった?」

「うん、何もないよ」

 優しく気にかけてくれる彼は、2つ上の幼馴染の桜木蓮さくらぎれん。大学4年生で、ほとんど単位が取り終わっているそうなのだが、いつも大学まで送り迎えしてくれている。この若さで、実は会社の社長になっていて、仕事のできる人だ。しかもイケメンなので、ファンの人も多い。

「社長、そろそろ仕事の時間です」

 私の近くに、ひっそりと立っていた彼の秘書が声を発した。

「そんな時間か。じゃあ、結羽ちゃん。今日はお迎えいけないから、気を付けるんだよ」

「もう、そんな子供じゃないよ?蓮くん、お仕事頑張ってね」

 蓮は優しく、私の頭を撫でて微笑んだ。そして、まだじゃれあっている海未と和真の方に顔を向け、

「ほら、そこの2人。結羽ちゃんのこと頼んだからね」

「分かってるよ」

「もちろん。可愛い結羽のことはしっかり守るので!」

「じゃあね」

 彼は片手を振り、秘書と一緒に校門から出ていく。その姿を3人で見送り、時計を見ると2限の始まる5分前だった。

「あ、やべ。俺、3号館だわ。松川、結羽、後でな!」

 和真は言うやいなや、すぐに走り出した。海未と結羽も必修科目の授業があるため、一緒に教室に向かった。



 お昼の時間になり、海未と食堂のテラスで運良く席を確保できて、ランチをすることになった。私が自分の鞄の中から、お弁当箱を取り出そうとすると、彼女も鞄に手を入れていた。

「あ、また弟くんが作ってくれたの?」

「そうなの。お母さんが寝込んじゃって」

「え、大丈夫?」

「うん、軽い風邪みたい」

 そう言いながら、お弁当箱の蓋を開けると色鮮やかな具材が入っている。

「いつ見ても、弟くんの腕前はすごいね……」

「本当に。実の弟ながら、旦那に欲しいぐらい」

 彼女の弟は、4つ下で料理ができるサッカー少年らしい。会ったことはないが、話を聞いている様子では、かなり姉弟仲が良さそうだ。

 その時、携帯が鳴った。画面を見ると和真からだった。

「もしもし?」

『あ、結羽?悪い、ちょっとそっち行くの遅くなる。先食べてて』

「うん、分かった。連絡ありがとう」

『じゃ、後で!』

 電話はすぐに切れ、海未がニヤニヤした顔でこっちを見ていた。

「番犬、なんだって?」

「ちょっと来るの遅くなるから、先食べててって」

「なんだ、つまんない」

 何を期待していたのか、電話の内容を聞くと彼女は面白くなさそうな表情をした。彼女の表情は、コロコロと変わるので見ていて飽きない。

 2人は、それぞれのお弁当を食べ始める。

「上野くんってさ、連絡マメだよね」

「うん、そうだね」

「桜木さんもそうなの?」

「うーん……。昔はそうだったかな。社長になってからは減ったかも」

 ふーんと言いながら、綺麗に巻かれている玉子焼きを私の口元に持ってくる。玉子焼きが大好物な私に、彼女はいつもくれる。しかも弟くんの玉子焼きは、甘みが私好みすぎて、とても美味しい。

「ありがとう、海未ちゃん」

「いえいえ。弟に結羽が玉子焼きが好きって言ったら、作ってくれるからさ」

「そうなの?」

「そう。あ、あと、うちの上の弟も結羽の写真見せたら、会いたいって言ってたな」

「えっ!?上の弟くんって確かモデルさんの?」

「そうそう」

 海未は実はもう1人弟がいて、3人の姉弟の長女なのだ。もう1人の弟は、2個下で高校1年生の時にスカウトされて、モデルをしているそうだ。かなり幅広い層の男女に人気らしい。

「今度、弟2人がいる時に家に遊びにおいでよ」

「え、行きたい!」

「結羽なら大歓迎だよ」

「何が大歓迎だって?」

 そこに丁度、和真がやってきた。手には食堂のお盆を持っている。テーブルにそれを置きながら、私に向かって両手を自分の顔の前で合わせた。

「ごめん、今日3限の後、急にバイトのヘルプをどうしてもってお願いされて。一緒に帰れなくなった」

「あ、そうなの?」

「あらま、今日は確か桜木さんも仕事って……」

「そうなんだよな。松川、今日予定あったりする?」

 和真は助けを求めるように、彼女の方を見る。聡い彼女は、すぐに携帯の予定表を見ると首を横に振った。その反応に和真は喜ぶ。

「本当か!助かる。今日4限までだったよな?」

「うん。サブカルチャー論がある」

「そしたら、その後に店来て、飯食って行ってくれ。奢るから」

 “奢る”というワードに海未は目を輝かせた。彼女はお金回りに関してはとても敏感だ。見るからに嬉しそうに、

「全然、結羽と一緒にいれるならいいよ」

「サンキュー!バイト終わるのが20時ぐらいだから」

「え、海未ちゃん大丈夫なの?バイトとかは?」

「今日はたまたまシフト入ってない日だったから大丈夫!」

 話はまとまり、4限後に結羽と海未は和真が働く飲食店でご飯を食べることになった。実はまだ、彼の働き先に行ったことがなかったので、ちょっと楽しみでもある。確か、彼が働いている所は、若い女の子達に人気なお洒落なカフェだ。値段もリーズナブルなのも、人気の理由の1つである。

「そういえば、上野くんのバイト先って、この前テレビで特集されてたよね?」

「ああ。社員に無理やり、テレビに出された……」

「イケメンは辛いねー」

「でも、和くんが出たことで、お客さん増えたんでしょ?」

「まぁな」

「それ、すごいことだよ!」

 私が尊敬の眼差しで見つめると、彼は嬉しそうに笑った。

 しばらくして、彼は3限の授業のために席を離れる。私たちも空きコマで課題やレポートを終わらせら4限の教室に向かった。

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