第3話
広井と追試の重圧から脱して、少し余裕のできた頭でカーツンがカレンダーを見ると、離任式まで一週間を切っていた。今年度の終了式のなかに離任式は組み込まれている。終了式は三月十九日だ。離任式でカーツンの学校に於ける全ての業務にピリオドが打たれるはずだった。今、俺は退職を目前にした感慨深い日々を過ごしているはずなのだな、とカーツンは思った。ところがそんな実感は少しもなかった。離任式が近づく頃には仕事も残務整理程度になり、心静かな時間を持てるだろうと彼は想像していた。だが現実は感慨を噛みしめるようなゆとりある心境とは程遠い状態だ。日々はただアクセクと、ストレスとプレッシャーのなかで過ぎているのだった。
私物の整理をしなければならないなとカーツンは思った。机上、引き出し、机の下、ロッカーの上、中と、整理を要する箇所がある。全く手をつけていない。捨てるものは捨て、自宅に持ち帰るものは持ち帰らなければならない。残された日数を思ってカーツンは少し焦りを覚えた。とりあえず机上のスチール枠の五段の引き出しの中身から彼は整理を始めた。ロッカーに入れてある教材研究のために購入した古文と漢文のそれぞれ十数巻ある注釈書を一日に二巻ずつ持ち帰ることにした。一日二巻は間尺に合う数ではないが、重い本なのでそれ以上は持てないのだ。最終的には車に積み込んで持ち帰る他はないとカーツンは見込みをつけた。
その日、カーツンの机上に一枚のプリントが置かれていた。三月二十一日から二十三日まで行われる春季学習会の監督割のプリントだった。二十一日の監督にカーツンが入っている。この日はだめだと知らせていたのに、とカーツンは思った。これは変更してもらわなければと彼は思った。職員室を見回すが、作成者の谷村の姿が見えない。
谷村は四、五日前に「監督できますか、」とカーツンの都合を訊いてきた。カーツンは深く考えずに「いいですよ」と答えた。二、三日後、谷村は監督割の案を記したプリントを出してきた。カーツンは二十一日は休む予定にしていた。その日はムーサンが午後から出かける用事があって、カーツンに留守番を頼んだのだ。ムーサンに代って介護施設から帰ってくるサンジイとサンバアの迎えもしなければならない。それでカーツンは二十一日はだめだとプリントに書き込んで谷村の机上に置いておいた。それが改められていないのだ。
しかし、とカーツンは思った。離任式は十九日なのだ。退職する教師は離任式をもって職務を終えるはずだ。その後は学校に出てこない。それがこれまでの例だった。学習会は離任式の後だ。俺は離任式の後も勤務しなければならないのだろうか。先例のないことではないか。俺が監督のメンバーに入っているのは間違いではないのか。谷村はうっかりして俺が退職することを忘れているのではないか。教頭に確かめてみようかとカーツンは思った。
しかし、考えてみれば三月末までが雇用期間だ。給料も三月分まで支払われるのだ。とすれば三月末まで勤務があるのは当然と言える。監督の手が足りないのかもしれない。朝礼でそんなことを学年主任か係の谷村が訴えていたような気もする。いったん引き受けたものを断るのも悪かろう。最後にちょっとサービスをしてやろうか。立つ鳥跡を濁さず。求められた仕事はきちんと果して辞めていくのがいいだろう。結局それがカーツンの結論となった。
ところが、思案の中で、新しい問題にカーツンは逢着した。二十一日、二十二日は春休み中だが、来年度新入生の第二次の入学手続きが行われる日だった。その対応のために職員に対しては出勤日になっているということをカーツンは耳にしていた。となると二十一日を休むためには年休取得の届けを出す必要があるのではないか。これが新たに逢着した問題だった。十九日の離任式でお役御免となるのであればそんな必要はなかった。しかし離任式の後にも学習会の監督という仕事が学年から課されている。それは自分が三月末までは職員として勤務すべき者と考えられているということだ。その考えに立てば職員が出勤日に休みを取る以上、届けが必要となるのだった。
何事もきちんと処理した方がよいと考えたカーツンは教頭に年休届けを出すことに決めた。
姿を現した谷村にカーツンは二十一日の監督はできない旨を伝えた。カーツンはこの時、自分が退職者であることに谷村が気づいて、監督のメンバーから外してくれることを期待したが、彼は「二十一日は外しておきます」と応じただけだった。
次は年休届けを出すことだった。職員朝礼が終ると教頭の鹿毛山は職員室を出て行った。カーツンは一時限目は空き時間だった。彼は年休届けが必要かどうか鹿毛山に質すつもりだった。ところが鹿毛山がなかなか職員室に戻ってこない。カーツンは待ちきれずに席を立ち、年休届けの用紙を取ってきて、それに署名・捺印した。鹿毛山が戻ってくれば用紙を持って鹿毛山の席に行き、届けの必要の有無を質して、必要とあればそれを出そうと思った。
届けを出す必要がある場合、カーツンは届けに対する鹿毛山の明確な了承が欲しかった。それで彼は待った。二十分ほど待ったが鹿毛山は戻って来ず、待ち切れなくなったカーツンは鹿毛山の席に行き、年休届けを机上に置いて席に戻った。
席に戻ったカーツンは、二十一日は春休みに入っており、自分は退職者なのだから届けを出しておけば十分という理由を付けて、了承を得ずともよかろうと考え直した。そしてこの件をそれで済まそうとした。しかし、鹿毛山の了承を確認しなくていいのかという不安が念頭から去らなかった。何事もきちんと処理した方がいいという退職を前にして自分に言い聞かせてきた心得がその不安の発信源だった。それは強迫的にカーツンの心理を圧迫した。
こういう思い詰めが他の事柄でもカーツンにはよく起きた。彼はそれを強迫神経症に類するものと自分なりに省察していた。彼がそれから脱するための呪文にしているのが「不完全主義」だった。強迫は完全を求めることから生じる。完全など有り得ないとして、不安の中に安住するのが不完全主義だ。鹿毛山の明確な了承を得ていないことは確かに不完全であり、気持として落着かないことだ。しかしそれでよしとするのだ。カーツンは不完全主義で不安をふっきろうとした。しかしうまくふっきれない。彼はパソコンを開き、インターネットの閲覧を始めた。それに集中しようとした。
そこへ突然鹿毛山が現れた。鹿毛山はカーツンの臨席の教師宛の郵便物を持っていて、カーツンに「おはようございます」と挨拶してからそれを隣の机上に置いた。カーツンは挨拶を返した。鹿毛山は去った。一瞬の事だった。カーツンの口から鹿毛山の背に〈年休の届けを出して置きました〉という声が出かかった。追いかけて言おうかと思った。しかし、「不完全主義」がブレーキをかけた。鹿毛山は遠ざかった。
パソコンの画面を見つめながら、まぁ、いいやとカーツンは自分を宥めた。年休を取るのが不都合なら向うからそう言ってくるだろう。言ってこなければ了承されたということだと考えた。そしてパソコンを見続けた。鹿毛山が側に来た時、サッと声をかけておけば、鹿毛山は「わかりました」と応じて、それでこの件は終っていただろうなとカーツンはさっきの場面を反芻した。画面の文章を見つめながら、その中になかなか入っていけなかった。カーツンは自分に少し辟易した。パソコンを開いてから三十分近くの時間が経っていた。一時限目も終了の時刻が近づいていた。どうしたことか、今日は「不完全主義」の呪文が効かないようだった。そんなに気になるなら教頭の了承を取ってこいとカーツンは胸の中で自分に言った。それが今の自分の呼吸であり、自分の呼吸をすることだろうとも思った。大したことじゃない。教頭もすぐ了承するだろう。こんな自己分裂の状態は早く解消するに限る。カーツンは席を立ち、教頭席に向った。
鹿毛山の机の前に立って「すいません」と声をかけた。その時、机上の「処理済」という札がついた箱の中に自分が出した年休届けが入っているのをカーツンは見た。ああ、ここに来る必要はなかったとカーツンは忽ち後悔した。しかしもう遅いのだ。
「年休届けを出して置きました」
とカーツンは言った。鹿毛山は怪訝な表情を浮かべてカーツンを見た。カーツンはその顔も尤もだと思った。
「三月二十一日に年休を取りたいのですが」
とカーツンは続けた。
「理由はなんですか」
と鹿毛山は訊いてきた。それは届けに書いているはずと思ったが、
「家事都合です」
と届けに書いたままを答えた。
「と言いますと」
と鹿毛山は訊き直した。カーツンは少し不安になりながら、
「家庭の事情です」
と言い替えた。
「三月二十一日は二次手続きが行われる日なので本当は休んでもらいたくないのです」
と鹿毛山は言った。これは藪蛇になったかなとカーツンは思った。
「どういう用事なんですか」
鹿毛山は踏みこんで訊いてきた。カーツンは不快を覚えた。しかし、退職を前にして鹿毛山と事を起してはならないと自分を戒めた。鹿毛山の両隣に座っている入試広報担当の教頭と教務部長がやり取りに聞き耳を立てているのが感じられた。
「家内がこの日居ないので、私が家にいなければならないのです」
カーツンは少し顔の火照りを覚えた。定年退職を目前にした人間が年休の理由を細々と言わなければならないことに屈辱を覚えた。
「親の介護もありまして」
とカーツンは言葉を添えた。どうだ、これで文句は言えまいという思いもあった。
「介護ですか」
と鹿毛山はくり返し、
「奥さんの代りですか」
と訊いた。カーツンは頷いた。
「分りました。もし必要がなくなりましたら、また言って来てください」
と鹿毛山は言った。最後の言葉には認めたくはないのだがやむを得ないというニュアンスがこもっていた。えらく恰好をつけるなとカーツンは感じた。そしてさっきよりも強い不快感を覚えた。しかし彼は、
「お願いします」
と頭を下げてその場を離れた。
カーツンは席に戻って、馬鹿な事をしたと激しく悔いた。なぜ不完全主義を貫かなかったのだと自分を責めた。その危険に気づいていたのにみすみす完全主義の罠に嵌ってしまった。余計な、いらぬ苦悩を背負いこんでしまったと自嘲した。
鹿毛山への怒りも覚えていた。「もし必要がなくなったら言って来てください」とは何だ。必要がなくなるわけがないだろう。必要だから届けを出しているんだ、とカーツンは内心で反駁した。鹿毛山の自分への対応の変化も感じていた。あのフェイスブック事件は学校にはやはり打撃だったのだろう。そんな問題を惹起した主因は自分にあると学校の主流派教師は考えているはずだ。鹿毛山もそれを受けて自分への好意的対応をやめたのだろうとカーツンは推測した。
これはカーツンの事前の考慮外だったが、鹿毛山の席の両隣には広報担当の教頭と教務部長がいた。カーツンに批判的なこの二人が聞き耳を立てている状況で、二つ返事で年休を認めることも出来なかったのだろうとカーツンは鹿毛山の心裡を忖度したりもした。学校が重視する新入生獲得に関する行事の日であることも影響したと思われた。しかしそれらの諸事情を考えても鹿毛山への怒りは消えなかった。
そう言えば、とカーツンは一学期の類似の出来事を思い起した。六月の文化祭の折、カーツンは早退を申し出た。文化祭におけるカーツンの担当業務は午前中で終る予定なので、午後からの早退を申し出たのだ。簡単に認められるだろうと思っていたのに鹿毛山は抵抗した。「学校行事にはできるだけ参加してほしいんですが、なんとかなりませんか」と鹿毛山は言った。カーツンは午後は映画を見る計画を立てていた。布施辰治という戦前、戦後に渡って専ら弾圧事件の被害者の弁護に献身した弁護士の生涯を伝える映画で、前売り券を買っていた。人権擁護団体による一日限りの上映で、その機会を外すといつ見られるか分からなかった。カーツンが変更の不可能を答えると、「どうしてもだめなんですね」と鹿毛山は言って、認めたのだ。その事を思い起して、申し出をすんなりと認めないのは鹿毛山の性分なのだとカーツンは思い直した。〈わかりました。いいですよ〉と言ってこちらの気持を楽にしてくれるような人物ではないのだ。そう思うと鹿毛山への不快感や怒りも少し薄らぐようだった。しかし、いずれにしても、鹿毛山との誼はこれで終ったと思った。
その日の放課後までこの件に関するカーツンのあれやこれやの悔いと煩悶は続いた。
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