第3部

第1話

 ワラシを見送った年も暮れ、新しい年を迎えた。カーツンの現役最後の年度も第四コーナーを回った。ここからゴールまでホームストレッチを走り抜けなければならない。しかし、越えなければならないハードルがまだ二つ三つあるようだった。

 正月の五日、カーツンは新たにそこに変更した内科医院を初受診した。懸案だった血液検査を受けた。昨年の八月にそれまで掛かっていた内科医院を変えることを決意した際、カーツンには新たに受診する医院の当てがあった。糖尿病を専門とする医院として評判がいいとムーサンが聞きこんでカーツンに話していた所だ。早く受診しなければと思いつつ、年を越してしまった。五ヶ月間血液検査を受けていない。健康の維持は最後の一年を乗り切るに当っての最大の目標だし、血液検査はそのための不可欠の要件だった。気になっていたのだ。

 受診してみると、その医師は聞いていた通りの穏和な人柄だった。空腹時の血糖値が一三九、ヘモグロビンA1cは六・三という検査結果だった。空腹時の血糖値が高いのがカーツンは気になった。しかし医師は薬を飲むことを強要はしなかった。カーツンは飲めと言われれば断るつもりだったが、医師はカーツンの意志に任せるという態度だった。彼は医者を変えてよかったという思いで医院を出た。

 翌日が三学期の始業式。その翌日から土、日、祝日と休みが続き、休み明けには第四回校内実力テストというスケジュールだった。

 実力テスト当日の朝、カーツンは自分が作成した問題にミスがあることに気がついた。問題本文に語注の記号を付けていながら本文の後に注を付していなかった。それは解答するのに必須なものではなく、知っていれば読解には役立つという程度の注で、実力テストであればその語についての知識も実力の内として済ますこともできた。しかし、オリジナルの問題には付いていた注なので、あった方がよいとカーツンは考え、急いでパソコンで打って、試験監督の人数分だけコピーした。それを試験監督に板書してもらうつもりだった。カーツンは試験監督になっている学年主任の越谷に先ず頼みに行った。越谷は渡されたコピーを見て、「不可能ですね」とあっさり言った。確かに板書するとなると手間と時間がかかる分量だった。越谷の一言でカーツンはミスの修正を諦めた。幸い試験終了後どこからもクレームは出ず、カーツンは胸を撫で下ろした。

三学期の職務上の最大目標は、学年末考査を終えた段階でカーツンの教えている生徒全員が学年を通した成績で欠点を取らず、無事進級を果すことだった。とにかく追試を受けるような者を出さないことだった。三年のスポクラと同じだ。カーツンは二学期の成績が確定した段階で、一学期と二学期の成績が共に欠点という者をピックアップした。該当者は進学理系の二クラスに計三名、スポクラに二名いた。どちらかの学期が欠点で、欠点ではなかった学期も欠点すれすれの点数である者をそれに加えると人数はその二倍ほどになった。これらの生徒が三学期に尻を叩かなければならない要注意者だった。カーツンはその名前をクラス毎にメモ紙に書き出して、机上の本立ての枠に貼り付けた。彼らには授業中注意を払うことにし、考査の直前になれば放課後に残して、試験に向けての特別指導を行うことにした。

 カーツンが特に気がかりなのはやはりスポクラだった。進学クラスと同一問題は無理なようなので学年末考査はスポクラ独自の問題を作ることにした。

 現代文は二学期の期末考査が終った後、詩の授業に入った。詩は授業ではあまり取り上げない教材だ。センター試験や入試問題に出題されることが少ないからだ。カーツンにとっても詩の授業は久しぶりだった。大正・昭和(戦前)期の三人の詩人の作品三編が教科書には掲載されていた。進学クラスは文理ともに詩二編の授業を終えたらそこで詩を打ち切り、その先のページにある評論の文章に入っていく予定だった。カーツンはスポクラは評論に入らず、詩の授業を続行することにした。評論は内容が少し難解で、スポクラの生徒の多くにとっては荷が重いように思われた。それに比べて詩は文章が短く、理屈は少なく、解説を加えれば理解しやすいと思われた。スポクラの学年末考査の問題は詩三編から出題することにした。詩は短いから授業も早く終るはずだ。残った時間は試験対策の時間に充てようとカーツンは考えた。今回は試験対策用のプリントもきちんと作るつもりだった。今まで手を抜いてきた罪滅ぼしに、できるだけ手厚い対応をして、大いに点を取ってもらおうとカーツンは考えた。

 最も気がかりだったスポクラ対策に我ながら良案と思われるものが立ったことで、カーツンは学期のスタートに当って少し安堵を覚えた。

 三学期は行事の多い学期だ。推薦入試、一般入試、修学旅行と大きな行事が三つあった。その間の授業は潰れることになる。推薦入試で一日、一般入試で三日、修学旅行で五日の授業が潰れる。おまけにその前日は短縮授業となるから授業時間はさらに削られる。これらの他にも行事はある。一、二、三と三ヶ月あるとのんびり構えているととんでもないことになるのだ。一月は行く、二月は逃げる、三月は去ると言うが、三学期は速やかに過ぎてしまうのだ。それを考えると二月の下旬にある学年末考査までにどれくらいの授業時数があるのかカーツンは気になった。それで表を作って各クラスの授業時数を調べてみた。三学期の行事予定表を見ながら一月の第三週以降で潰れる授業を消していった。すると残された授業時数は、週三回の授業がある進学理系の二クラスは八から九時限、週四回の授業があるスポクラは十三時限だった。予定の分かっているものだけを消していったので、実際にはもっと減るかもしれなかった。やはり思ったより少なかった。

 カーツンは念のため授業の進度を表に書き込んでいった。するとスポクラは余裕があったが、評論を読む進学理系クラスはギリギリか、少し足りないようだった。これ以上授業が潰れるようなことがあると、誰かから授業時間を貰わなければならないと思い、カーツンは溜息をついた。スポクラは試験前に四時限ほど試験対策のための時間が取れそうだった。カーツンはその頃に要注意生徒を対象とした放課後の特別指導を並行しようと考えた。しかしその開始日の二、三日後には修学旅行の出発日が迫っていた。旅行の事前指導が授業を潰して、あるいは放課後に行われることを考えれば、落着いて生徒と向き合える状況にはならないようだった。と言って修学旅行から帰ってきてからでは学年末考査まで二日間しか残っていないのだ。クソ!とカーツンは思った。何でこんなギチギチのスケジュールになるんだと唇を噛んだ。

 詩の授業は散文の教材よりも手間がかからず教師としては楽だった。読みも短時間で終るし、説明を要する語句や熟語の数も少なかった。授業の眼目は作品に流れている情感や意想を、表現を通じてどれだけの生徒が感得するかにあった。カーツンはその手助けになるだろうと作者の経歴や傾向をやや詳しく説明した。作品理解の補助として関連ある作品をプリントにして配布もした。

 詩の授業に入って目先が少しは変ったろうと思い、授業に臨む生徒の態度の変化を期待したカーツンだったが、スポクラの生徒の反応に変りはなかった。相変らず白けたような冷やかな雰囲気が流れていた。その点、進学理系のクラスには一部ではあるが詩の世界に入っていこうという積極性が見られ、カーツンを喜ばせた。その一クラスの授業で、まとめとして詩から感じ取ったことを生徒に言わせた際、ある生徒が語ったことがカーツンが受け取ってもらいたいと願っていたことと一致していて、カーツンの目が思わず潤んだこともあった。スポクラでは同じ作品の鑑賞をしていてもそんな感動は生まれようもなかった。

 一月の中頃、職員会議が開かれた。一週間後に行われる推薦入試の業務内容の確認と役割分担の確定が主な議題だった。それが終了し、その他の幾つかの報告事項の確認も終り、閉会となるという時に、教頭の鹿毛山が登壇した。鹿毛山は一枚の写真を示した。授業風景を撮った写真のようだった。教壇には教師がおり、背中を向けて板書をしているようだった。教室の後ろの方の低い位置から撮られたらしく、教師の姿は写真の上部三分の一ほどで、写真の三分の二は授業を受けている生徒たちの姿だった。その大半が机にうつ伏しているようだった。これはひどいなとカーツンは思った。ほとんどの生徒が寝ているという授業風景だった。

「これはインターネットのフェイスブックに出ていた写真です」

 と鹿毛山は言った。

「うちの学校の授業風景です」

 と続けた。誰の授業なんだろうとカーツンは思った。なぜインターネットにアップロードされたのだろうと思った。横が二十センチ、縦が十五センチほどの写真だったが、カーツンが座っている位置からはその教師の判別はできなかった。その教師を批判する気持と同情する気持が同時にカーツンには起きた。

「こんな写真がインターネットで流れていて本校は大丈夫なんですか」

 と鹿毛山は声を高めた。

「我々が授業や生徒指導、広報活動に日常的にどんなに頑張っていても、こんな写真が流れれば、見た人は一発で本校に入学しようという気持をなくすのじゃないですか」

 教員たちは静まり返った。

「いつも言っていることですが、授業を大切にしてください。授業が基本です。生徒が一時間一時間の授業に集中するように、先生方しっかりと指導をしてください」

 と言って言葉を切り、

「私はこの学校が好きです。愛しています」

 と言って絶句した。涙を流しているようだった。なぜ泣くのだとカーツンは思った。唐突だった。鹿毛山の興奮に違和感を覚えた。矯激だと思った。彼の人の好さが表れたとも思った。

「すみません。ちょっと感情的になりました。これで職員会議を終ります」

 鹿毛山は閉会を宣した。写真の教師は誰なのだろうと思いながら、カーツンの胸には冷風が吹き、不快な騒めきが尾を引いた。

 翌日の二時限目、カーツンの席に鹿毛山が来て、「ちょっといいですか」と声をかけた。カーツンは諾して、二人は職員室そばの会議室に入った。会議室の四角形に並べられた机の角の位置に二人は斜交いに座った。「すみません」と鹿毛山は言い、「これを見てください」と言って写真を出した。それは昨日の職員会議で鹿毛山が示したものだった。板書している教師を見ると、それはなんとカーツン自身だった。生徒たちに目をやるとそれはスポクラの生徒たちであり、この写真が二年スポクラでのカーツンの授業を写したものであることが分った。頭をガーンと殴られたような衝撃を受けて、カーツンはしばらく言葉が出なかった。しかしこれはひどい。こんなに生徒が寝てしまうことはない。こんなことがあったろうか。カーツンは惑乱のなかで訝しんだ。誰がこんな写真を撮ったのか。なぜ撮ったのか。次にはそんな疑問が湧いた。

「先生の承認を得ずに職会に出してすみませんでした」

 と鹿毛山が詫びた。そして、

「先生は写真を撮られたことには気づきませんでしたか」

 と訊いてきた。

「うーん、全く気がつきませんでした」

 カーツンは唸り声とともに答えた。

「そうでしょうね。黒板に向いてますからね」

 鹿毛山はそう応じて言葉を切り、

「授業中はこんな状態なのですか」

 と訊いた。

「いや、これはちょっとひどいですね。寝る者はいますが、多くても十人は超えないんで」

 カーツンは正直に答えようとした。

「そうですよね。起きている者が二、三人しか居ない」

 鹿毛山はカーツンが授業しているスポクラに何度か入ってきたことがあるので分かるのだろう。

「先生が板書している間に、合図で一斉にうつ伏したところを撮ったんでしょうね」

 鹿毛山のその言葉に、

「ああ、そうなんでしょうね」

 とカーツンは深く頷いた。そうに違いなかった。しかしその確認はカーツンにとって生徒たちの自分への悪意を確認することに他ならなかった。悪意とはカーツンの授業はこんなにひどい状態だと衆目に曝そうとすることだ。生徒がこれだけ居眠りをするような授業をし、それを放置しているダメ教師だという証拠写真を作ったのだ。カーツンは居眠りする生徒は注意をし、側に行って起すことはしたが、罰を加えたり、怒声を上げたり、叩いたりはしなかった。生徒のなかにはそれを放任だと批判する者もいたが、カーツンは構わなかった。それが彼らの反感を育てたのかと彼は思った。

 カメラの位置や近くに写っている生徒の顔から写真を撮った者が推測できた。李という韓国籍の生徒だった。李はこんなことをするほどの悪意を俺に抱いていたのかなとカーツンは訝しんだ。しかしクラスのほとんどの生徒が協力しているのだから、彼だけの悪意によって起きた事とも言えなかった。とんでもないクラスだとカーツンは思った。

「誰が撮ったか、なぜ撮ったかも分っています。海外の友達に見せるためだと言ってます」

 鹿毛山はそう言った。「海外」という言葉で李に違いないなとカーツンは思った。しかし写真を撮った生徒の名前も、その理由もカーツンは確かめる気にならなかった。

「このクラスの授業は後どのくらい残っているのですか。終りまで」

 年度末の終了式までの授業時数を鹿毛山は訊いてきた。カーツンは学年末考査までの授業時数を計算したことを思い起した。彼はその表を自分の机に戻って取ってきた。スポクラの学年末考査までの授業時数に考査後、終了式までのそれを加えると十九コマとなった。

「どうしますか」

 と鹿毛山は言った。

「これから私が授業中ずっと教室の中にいましょうか」

 その必要はないとカーツンは強く思った。それはやはりみっともないだろうと思った。

「その必要はないですよ」

 とカーツンは答えた。

「そうですか」

 と鹿毛山は頷いた。

「先生は今年度で定年なので、先生の授業の集大成を示してください」

 と鹿毛山は笑みを浮かべて言った。

「私は先生が好きなのであまり厳しいことは言いたくないので」

 と言葉を添えた。カーツンは鹿毛山が今も自分への好意を保ってくれていると思い、その言葉を有難く受けとめた。

「私はこれまで通りの授業を進める他はありません。そうでないと私の授業の集大成にはならないので」

 とカーツンは応じた。そして、

「先生が教室に入ってきて生徒を起しても、その場限りのことですよ」

 と続けた。鹿毛山は頷いた。

「まぁ、とにかく、生徒に少しでもやる気のあるところを見せてください」

 と鹿毛山は言った。

「私はいつも自分なりに頑張っているつもりですが」

 とカーツンは応じた。

「失礼しました」

 と鹿毛山は言い、

「とにかく生徒が眠っていたら起して。二回起していたら三回にしてください」

 と言った。

 二時限目終了のチャイムが鳴った。カーツンは三時限目がスポクラの授業であることに気がついた。

「今からこのクラスの授業ですよ」

 とカーツンは苦笑を浮かべて鹿毛山に告げた。

「頑張って」

 と鹿毛山は言った。


 スポクラに授業に行く前はいつも気分が重いのだが、今回は特にそうだった。こんな話は授業の直前には聞きたくなかったとカーツンは自席に戻って思った。とんでもないクラスだという驚きとたじろぐ思いがあった。当初から親しみよりは冷やかな批判的雰囲気を感じさせるクラスだったが、今回の事件で自分へのあからさまな敵意をクラス一丸となって示された気がして、カーツンの気持は沈みこんだ。そんなクラスに行って何を語るのかという思いがあった。しかしチャイムが鳴れば授業に行かないわけにはいかないのだ。

 自分の呼吸をしろ、とカーツンは胸の中で言った。それは前年の秋頃から自分に言い聞かせるようになった言葉だった。三年も含めて、スポクラの授業に行く際には、廊下を歩きながら彼はこの言葉を胸の中で繰り返して、待ち受ける困難や苦痛に萎えかかる、あるいは浮足立つ自分の心を励まし、落着かせていた。眼目は生徒のペースに乗せられるなというところにあった。授業からの逸脱を常に志向している生徒たちの言動に対するには、教師の立場を持しての冷静な対応が必要だった。怒りや恐れという感情に囚われた対応をすると自分を窮地に追いこむことになるのだ。自分の息を失うな、他人の息に乗せられるなとカーツンは言い聞かせてきた。それは今ではスポクラの授業のためばかりでなく、いろいろな場面で遭遇する危難に際して彼が心中で唱える自戒となっていた。

 自戒を唱えて幾分気持が落着いたカーツンは、スポクラに関して今自分が目標としていることを改めて確認した。それは追試受験者を出さずに学年末を迎えることだった。残った授業時数は少なかった。この目標以外の余計なことは考えなくていいと彼は自分に言い聞かせた。

 チャイムが鳴って、カーツンはスポクラの教室に向った。教室に入って教壇に立ち、生徒の顔を見回して、いつものように「始めよう」と声をかけた。こう言えば委員長の李が「起立」と号令をかけるのだった。李は欠席していた。李がいないことはカーツンの気持を少し楽にさせた。カーツンには今度の件で李を相手にする気は全くなかったが、事件の中心人物と顔を合すことは快いことではなかった。

 カーツンは普段通りに授業を進めていった。生徒達はいつもより静かだった。特に日頃騒がしい生徒が静かだった。彼らにはカーツンの様子を窺うような気配があった。カーツンはそこに事件の余波を認めた。

 カーツンの視線は納富と広井に注がれた。一学期、二学期ともに欠点の成績だった最要注意の生徒だ。一、二学期の成績を平均すると、納富が二〇点、広井が一六点という体たらくだった。カーツンはこの二人には二学期の終了時に個別に警告を発していた。〈このままいけば間違いなく追試になる。定期考査はあと学年末考査の一回しかない。それでどれだけ成績を回復するかだ。追試にならないためには納富は六五点、広井は七五点以上の点を学年末考査で取らなければならない。そのためには三学期は授業にしっかり集中し、また試験勉強にも力を入れなければならない。〉そんな内容の話をした。納富は素直に「はい」と頷いたが、女生徒である広井は煩わしそうな表情をして返事をしなかった。カーツンが何度か気持を質してようやく頷いた。納富は三学期に入って、これまでとは違ってノートを広げ、眠らずに授業を聞くようになった。今日も授業態度は良い。

 問題は広井だ。三学期に入って一、二回は態度を良くしていたが、その後、手遊びをしたり、机にうつ伏したりする姿を目にするようになった。また、彼女は体調不良を訴えて保健室で寝ていることがよくあったが、三学期もそれが出始めていた。広井は柔道部に所属していたが、練習で腰を痛めたということで、通常の生徒用の椅子ではなく、会議室で使用しているクッションの入った椅子の使用を認められていた。それももう数ヶ月に渡っていた。腰を痛めた当初は歩行も困難ということだった。

 その広井が机にうつ伏して目を閉じている。寝ているようだ。カーツンは「広井」と声をかけたが反応がない。仕方なくカーツンは教壇を下り、広井の机の側に行った。生徒たちの視線がカーツンの動きに注がれる。カーツンは「おい」と声をかけながら広井の肩を軽く叩いた。広井は顔をしかめて頭を上げた。机上に教科書がない。「教科書を出せ」とカーツンは言う。広井は眉間に皺を寄せ、煩わしそうに緩慢な動作で教科書を出す。教科書を出しただけで、勉強をしようという態勢は取らない。「鉛筆を持って」とカーツンが言うと、億劫そうにペンケースを開け、シャープペンシルを取り出す。その露骨な無気力さにカーツンは注意するそのことに嫌気が差す。「ちゃんと授業中は集中しろ」と言って彼は側を離れた。〈お前はそんな態度で大丈夫なのか〉と本当は言いたかったのだが、クラスの生徒の注視の中でそれを言うのは広井の成績不良を公言するようで憚られた。カーツンが教壇に戻って暫くすると広井はまたうつ伏してしまった。

 授業を終え、職員室の自席に座ったカーツンは思案に沈んだ。広井の態度が気になるのだ。あのままの状態が続けば学年末考査でも広井は間違いなく悪い点を取ると思われた。ここはやはり呼んで注意をしておいた方がよいのではないか。何度か迷ったが、注意をするという結論になった。呼び出し方をどうするかという次の問題が生じた。放送をかけるか。それとも午後にある進学理系クラスの授業の帰りにスポクラに立ち寄って声をかけるか。それぞれのやり方の広井に与える影響を思量するのだ。しばらくカーツンは迷ったが、昼休みに放送で呼び出すことに決めた。

 広井の昼食が終ってから呼び出そうかとも思ったが、何事も早い方がよいと考え、それほど遠慮することもあるまいと思い、カーツンは四時限目終了のチャイムが鳴り終るとすぐに校内放送で広井を呼び出した。さぁ、来るかな、という思いでカーツンは待つ。五分経っても広井は来ない。カーツンは苦い思いのなかで再度放送をかけようかと思うが、学校中の者の耳に入る放送だから、くり返しは成る丈したくない。カーツンはもしかしたら広井は歩行が困難で職員室まで来られないのではないかと思った。それは広井が来ない理由を善意に解釈したものだが、彼女の自分への拒絶の意志が理由から除外されるので、その点でカーツンの気持を楽にさせるものだった。広井が腰を痛めたのはかなり前のことで、現在も歩行困難とは考えにくかったが、今も会議室用の椅子に座っているのだから、有り得ないことではないとカーツンは思った。とにかくカーツンには未確認のことだった。もし広井が職員室まで来られないのであれば呼び出すことに意味はなかった。

 カーツンの席の正面はスポクラの担任の大島の席だった。境の本立ての陰になって見えないが、その時大島は座っていた。カーツンは日頃大島とは殆ど言葉を交わさない。お互いに話しかけることはない。大島はカーツンの放送を聞いたはずだから、広井が職員室に来られない状態であれば、そのようにカーツンに知らせるはずとも思ったが、聞き落したのかもしれないし、カーツンと大島の間柄であれば聞いていても放っておくことは十分に考えられた。大島に訊ねようかと思ってカーツンは躊躇った。できるなら話しかけたくなかった。しかし来られない者を再度呼び出すことは馬鹿げていた。生徒の事だ、とカーツンは割り切り、少し伸びあがるようにして本立ての向うの大島の顔を見て、

「大島先生、広井を放送で呼び出しているんですが、あの子は職員室まで歩いて来れますよね」

 と問いかけた。大島は何かを読んでいた顔を上げ、

「ええ」

 と仏頂面で答えた。よし、とカーツンは言って立ち上がり、再度放送をかけた。

 しばらくして広井が職員室に現れた。広井はカーツンの方に目を向けた。カーツンは片手を上げて招いた。広井はカーツンの側に立った。

「お前の今日の授業中の態度だが、どうなっとんのかな」

 と椅子に座っているカーツンは広井の顔を見上げながら言った。

「どうして授業中に寝るんだ。教科書も出さずに」

 広井は視線をよそに向けたまま黙っている。

「しかも、俺が注意をした後も、また寝てしまった」

 広井は目を瞬かせるが無言だ。

「お前、このままだと追試一直線だぞ。この前も話したろう、三学期は必死で頑張らないといけないと。お前も頑張ると言ったはずだ。それが何であんな授業態度になるんだ」

「体調が悪くて、お腹も痛くなって」

 間を置いて広井が答えた。また体調不良かとカーツンは思った。

「しかし、教科書くらい出せんか。それに体調不良なんてあの時お前は言わなかったぞ」

 カーツンは担任の前で広井を叱っていることを意識していた。大島はどんな顔をして聞いているのだろうかと思った。

「先生の授業は聞いていてもわからない。皆、そう言っている」

 広井が唇を尖らして言った。カーツンは驚いた。広井はカーツンの授業を批判し始めたのだ。その批判の言葉がスポクラの生徒の間で囁かれていることをカーツンは知っていた。しかし生徒の勝手な言い草だと相手にしていなかった。

「ちゃんと聞いていればわかるよ。私はわかるように話しているつもりだ」

「クラスの半分が欠点じゃないですか」

 広井のその言葉にカーツンは苦笑を浮かべた。確かに平均点が欠点という定期考査があった。それが生徒の中に聞いてもわからない授業をしているという見方を生んだのだ。そしてそれが俺の授業は聞かなくてもいいという考え方に発展する。カーツンは生徒に形成されているそんな思考回路を苦く確認した。しかし現実はそこに止まらなかったはずだ。その後の定期考査で一定の回復を示した。カーツンは教務手帳を取り出し、二学期の成績を見た。

「半分が欠点なんてことはないぞ。二学期の成績で欠点は八人だ」

 カーツンは教務手帳に指を当て、数えてから言った。広井との問答は、担任はもちろん臨席の教師も、職員室に居る他の教師たちも聞き耳を立てている。カーツンはそれを意識して、広井に反論するには具体的事実が一番だと思った。

「二学期の期末考査では欠点は四人だった」

 〈そのうちの一人、しかも最低点がお前だ〉という言葉をカーツンは呑みこんだ。

「お前は自分の不勉強を俺のせいにして正当化してるんじゃないか」

 カーツンがそう言うと広井は唇を噛んだが、

「先生は黒板に訳のわからないことをずらずら書くけど、ノートを取っている人は誰も居ない」

 と言い返した。

「そんなことはないだろう。ノートを取っている者はいるよ」

 カーツンは教務手帳を開いて、ノート提出者の数を数えた。

「ほらこの前集めたノートでも十八人が出しているぞ。六割の生徒がノートを取って提出しているじゃないか」

 広井は沈黙した。

「やる者はちゃんとやっているんだ。大体お前は授業中に寝てるじゃないか。一生懸命授業を聞いていてもわからんと言うのならともかく」

 広井は涙を流していた。この生徒にとっても職員室で教師にこれだけのことを言うのはかなりのプレッシャーなのだとカーツンは思った。

「うん、どうなんだ、現代文はもうやる気がないのか。それなら俺もほったらかすぞ」

 カーツンは広井の顔を覗きこむようにして言った。広井の目から新たな涙がこぼれる。

「そうなればお前は進級できんぞ。それでいいか」

 広井は涙を流しながら沈黙している。何か言わせなければならないとカーツンは思う。

「どうするんか、今から。はっきり言え」

 カーツンが促すと、

「進級できなければ困るので点を取る」

 と広井は低い声でボソボソと言った。

「点を取るとは勉強するということだな、これから」

 カーツンが質すと広井は頷いた。

 カーツンはそれで満足した。甘いかなとも思ったが。

「俺も追試はしたくないんだ」

 という言葉が思わず出た。お前の言葉が本当かどうか、これからの授業態度で判断するぞ、と言うつもりだったのに。

「授業中は起きとけよ」

 というピントのぼけた言葉でカーツンは締め括った。なぜ最後までビシッと言わないのかとカーツンは自分を腹立たしく思った。女の涙の威力を思った。

 広井の言葉は自分がスポクラの生徒にどのように思われているかを示すものとしてカーツンの心に残った。フェイスブックの件と重なって、自分と生徒たちとの懸隔が思われた。中学・高校と部活を経験したことのないカーツンだった。教師になってからも運動部の顧問になったことはなかった。部活生の生活や心理はカーツンには縁遠いものだった。スポクラの担任は大島もそうだが体育科の教師が殆どだった。運動部の顧問もそうだった。カーツンは大体体育科の教師とは反りが合わなかった。例えば体育科の教師には服装・頭髪・挨拶など生徒の外面的規律をやかましく言う者が多いが、カーツンは外面よりも生徒の内面を重視する考えを持っていた。従って日頃から両者は互いを批判的に見ていた。というわけで、カーツンはスポクラの生徒を取り巻く教師たちとも疎遠な間柄だった。スポクラの生徒と自分とのそうした二重とも言える隔たりをカーツンは思った。しかも生徒たちは、担任や部活の顧問から自分についてロクなことは聞かされていないだろうとカーツンは推測した。そんな生徒たちに自分への理解を求めても詮無いこととも思われるのだった。

 そんな相性の悪いスポクラにカーツンは教えに行かなければならなかった。もう何年にも渡ってカーツンの授業時数の過半がスポクラの授業に宛てられる状況が続いていた。そんな教師生活も間もなく終るのだとカーツンは気持を切り替えるように思った。不満を言う気はなかった。教科内でトラブルは起したくなかった。無事定年を迎えることが彼の望みだった。しかしその望みを壊しかねないのがまたスポクラだった。

 その後、広井の授業態度には改善が見られた。寝ずにノートを取る姿を数回の授業で見せた。李の欠席が続いた。李の欠席にカーツンはフェイスブック事件との関連を思ったが、触れずに済ませた。間もなく学校は推薦入試、一般入試を迎え、授業は無くなった。一般入試の採点、合格発表が終って週が明けると、修学旅行が五日後に迫っていた。

 カーツンは修学旅行の引率からは外れていた。一種の拘束状況の中で生徒と教員に気を使いながら過ごさなければならない修学旅行を免れてカーツンはほっとした。学年の教師に親しい者がいないのでなおさらカーツンは気が重かったのだ。その代り、修学旅行に参加しない生徒たちの管理・監督がカーツンの仕事になった。旅行に不参加の生徒たちは、旅行期間中は平常通りに登校し、午前中の四時限を自習することになっていた。十名ほどだろうというカーツンの予想に反して、不参加の生徒は三十名を超えていた。修学旅行中に試合がある部活の生徒たちが残っているのだ。一、二名が残っている部活もあれば、五、六名がまとまって不参加という部活もあった。その他の不参加者は体調不良、家庭の事情などの理由だった。

 スキー研修を内容とする四泊五日の修学旅行から帰着して、一日の代休を経て、学年が平常授業に復したのは学年末考査の四日前だった。しかもそれは土、日の休みを入れてのことで、平常授業のある日は二日しかなかった。カーツンは焦りを覚えていた。要注意の生徒を放課後に残して試験対策の特別指導をしたかったのだが、その時間が取れなかった。それらの生徒には授業中に短時間指示を与えることしかできなかった。修学旅行が終って、さあ学年末考査だと思っても二日しかないのだ。カーツンが特に気がかりなのはスポクラの二人、広井と納富だった。せめてこの二人は試験前に一度は残して指導をしておきたかった。代休明けの日はスポクラの授業がない日だった。カーツンは何らかの方法で二人をつかまえなければならないと思っていた。午前中の休み時間、広井がひょっこり職員室に現れた。他の教師に呼ばれていたのだろう。カーツンには渡りに船だった。彼は出入口近くに立っている広井に声をかけた。

「お前、今日、放課後残れるか。話していたように試験に向けての居残り勉強をしようと思うが」

「部活があります」

「それは分っているが、学年末考査に向けて勉強しとかんといけんだろうが」

 広井は例によって唇を窄め、迷惑そうな表情をする。カーツンには気持の負担になる表情だ。

「部活、部活と言うが、お前は今はこっちの方を優先すべきじゃないのか。進級が懸かっているんだから」

 カーツンがそう言うと、側を通りかかった女教師が立ち止まり、広井の顔を覗きこんだ。

「どのくらいかかるんですか」

 広井が訊いた。

「うん、まあ三十分くらいかな」

 カーツンは広井が負担に感じないよう時間を短か目に答えた。

「帰りのホームが終ってすぐやろう。三時三十分から始めよう。いいか」

 カーツンの問いに少し間をおいて広井は頷いた。

「教科書と、課題ノートと学習プリントを持ってこい」

 カーツンが指示すると、

「今日は授業がなかったのでプリントとか持ってきてないです」

 と広井は答えた。カーツンは困った。

「問題には答をすべて書きこんだか」

 とカーツンは尋ねた。

「まだです」

 と答える。授業では問題の解答は全て終えていたが、広井はまだ板書した答を写し終えていないのだ。

「ほんなら明日やろう。明日の放課後までに答をできるだけ書きこんで持ってこい。明日が試験前の最後の機会だからちゃんと来いよ。三時半だぞ」

 カーツンは今日を断念した。考えれば今日は放課後に職員会議があり、ゆっくりした時間は取れなかった。カーツンの言葉に広井は頷いた。

「サトミの成績はどうなんですか」

 とさっきから側でやり取りを聞いていた女教師がカーツンに訊ねた。家庭科の渡辺という教師だった。サトミとは広井の名前だと気づいて、

「このままいくと追試一直線ですよ」

 とカーツンは答えた。広井は渡辺にバツの悪そうな笑みを見せた。

「あら、大変じゃない。頑張らなけりゃ」

 と渡辺が言うと、広井は照れ臭そうにコックリした。

 カーツンは渡辺がなぜ声をかけてきたのかと思い、後で校務分掌表を見て、彼女が今年度から柔道部の副顧問になっていたことを知った。顧問の芦田と疎通のないカーツンは広井の部活に関しては渡辺と連絡を取ればよいと思い、好都合と考えた。

 広井については何とか試験前に指導する手はずができ、カーツンは一安心した。しかし納富は修学旅行中にインフルエンザに感染したらしく、その日は欠席していた。彼には特別指導ができないまま試験に突入することになるようだった。やるべきことは授業中に指示していたが、本人がどれだけそれを実行するかだとカーツンは思った。

 翌日の放課後、指定した時間に広井は職員室に来た。カーツンはその日の授業の終りにも声をかけて釘をさしておいたし、部活の副顧問も知っていることなので、広井が来ないのではないかという不安は抱かなかった。職員室の出入口近くの空き机に二人は並んで座った。

 詩三編が試験の範囲だった。二編は二十行に満たない短い詩。一編は長詩だが、それも教科書で五ページほどだ。難しい熟語や難解な言い回しはなく、評論と比べれば生徒にとっても負担の軽い教材のはずだった。しかも今回はカーツンが学習プリントを作り、読解のポイントと試験で問われる箇所も明確にしてやった。

 授業では詩の読解と鑑賞を一通り終えた後、課題ノートの問題を解かせ、解答しながら解説を加えた。さらに学習プリントの問題を解かせ、解答・解説した。試験問題は課題ノートと学習プリントの問題から出るということも言ってある。生徒はこの二つをやっておけば高得点が可能なはずだった。たとえ答の意味が分からなくても答を丸暗記していれば点は取れるのだ。三年のスポクラでやったのと同じ方法だった。学年末考査の問題は詩の他に漢字の書き取り、文学史が加わる。これは学年共通で定期考査には必ず入る分野だった。配点は詩が七五点、漢字と文学史で二五点とした。

 広井は課題ノートは八割近く解答を書き写していたが、学習プリントは半分ほどだった。気を入れて書けば板書された解答は授業時間内に写し終えるほどの分量だった。カーツンは解答が未記入の問題を広井に考えさせ、ヒントを与え、答を促した。どうしても答が出ない場合は答を教え、なぜその答になるのかを説明した。解答欄が全て埋った時、開始から一時間余りが過ぎていた。カーツンは他の問題の答もしっかり頭に入れておくように指示した。課題ノートと学習プリント、この二つから試験問題が出ることを再度強調した。広井は頷いていた。これでこの生徒も点を取ってくれるだろうとカーツンは思った。彼は最後に六五点以上取ることを目標にすればいいと広井に告げた。それまで彼女には七五点以上取らなければ欠点になると言ってきた。しかし、学年成績を算出する特別の計算方法によると、六五点以上取ればギリギリ欠点を免れることが分った。言わないでおこうかとも思ったが、七五点以上と言われれば広井はとても無理と思って努力を投げ出すことが懸念され、広井を励ます意味で告げたのだった。漢字の書き取りや文学史は範囲が限定されており、筆記練習や暗記をすればよいのだから当然やるだろうと考え、カーツンはそれについては何も言わなかった。

 予期した通り、学年末考査のスポクラの試験監督にカーツンは組み込まれていた。しかし、今回彼はあまりプレッシャーを感じなかった。二学期の中間考査で答案の書き写しが発覚して、中井と宅見は処分はされなかったが、十分注意警告を受けたはずであること。期末考査では村岡のカンニングが摘発され、謹慎の上、当該教科は零点、三年になっての推薦入試は受けられないという厳しい処分の実際に生徒たちは触れたこと。さらに答案を横にずらして隣の者に見えるような位置に置いてはいけないという注意が全校的に繰り返し行われたこと。これらのことを経験して中井と宅見も不正行為はもうしないだろうとカーツンには思われたからだ。そして実際試験監督をしてみると、二人の受験態度は例になくまともで、監督は心理的にも平穏に終ったのだった。

 問題は試験の結果だった。進学理系の二クラスの要注意者はいずれも年間の自己最高点を取って欠点を脱した。スポクラの方は心配していた納富が七八点を取り、カーツンは胸を撫でおろした。スポクラの学年末考査の平均点は七〇・八という高さとなっていた。生徒に点を取らせるというカーツンの企図は実現したと言えた。ヒヤリとさせたのは李だった。二学期の成績が欠点だったが、学年末考査では四一点しか取らなかった。彼としてはそれでも最高点だったが、学年の成績を出すと出席点を加えただけでは足らずに欠点となる状況だった。幸い、提出物を二回出していたので平常点が加わり、危うく欠点を免れた。李はフェイスブック事件後、親との間や部活でトラブルを起し、欠席がしばらく続き、部活にも顔を出さなかった。進路をめぐって親と取っ組み合いになるなど生活が荒れたようだが、修学旅行の直前から平常に復していた。そんな状況において彼としては精一杯の得点だったのかもしれない。

 ところがだ。広井は四四点しか取らなかった。広井の答案の採点を始めて、その事実を知った時、カーツンは緊迫し、困惑し、焦った。本当なのか、という思いでもう一度採点をし直した。しかし四四という数字は動かなかった。クソ!あのバカは四四点しか取らなかった。カーツンは焦燥に駆られて、広井の次の者の答案の採点を後回しにして、広井の学年成績の計算を始めた。結果は懼れていた通り欠点だった。出席点、平常点を丸ごと与えても欠点を脱しないのだ。

 これでカーツンの目論見は最終的には挫折した。何としても避けたかった追試験をしなければならなくなったのだ。全ての答案の採点を終え、スポクラの平均点が七○点に達していることを知っても、カーツンの心は弾まなかった。むしろ皆がこんなにいい点を取っているのにあいつはなぜ四四点しか取れないのかという怒りのような思いが湧き上がった。六五点以上と目標を下げたことで広井は油断したのではないかとカーツンは思った。いらないことを言ったと悔いた。それにしてもどうしようもない奴だと広井のことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る