~87~ 星の空港と友莉
日本からフランスへは約12時間。
エクトルたちとは座席が離れていた羽琉は、事前に購入していたフランス語のポケットタイプの辞書をフライト時間に読んでいた。
元々語学を勉強するのは好きなので楽しく読んでいたのだが、長いフライト時間に羽琉はいつの間にか眠っていた。
余程熟睡していたのか、着陸の機内アナウンスが流れたことで羽琉は目を覚ました。
それから先に降機していたエクトルたちと合流する。
「ハル。長いフライト時間で疲れていませんか?」
気遣うエクトルに羽琉は「いつの間にか眠っていました」と苦笑して答えた。
「では我が家へ向かう前に、ユリに会いに行きましょうか」
「はい!」
これまた嬉しそうに顔を綻ばせる羽琉にエクトルは少し複雑にはなったが、羽琉の笑顔を見られるのなら多少の嫉妬は自身の胸に押し込める。どんな理由であっても羽琉の笑顔を引き出してくれるのなら、嫉妬心すら容易に抑え込み、いくらでも寛容になれる気がした。
そんなエクトルたちの後ろで、独創的なリヨン空港の構内をキョロキョロ見回しながら歩いていた羽琉はふと目に入った文字に目を奪われた。
「サン=テグジュペリ……って、もしかしてあの『星の王子様』の著者の?」
「あぁ、気付きましたか。リヨン空港の正式名称は『リヨン・サン=テグジュペリ国際空港』。サンテグジュペリ生誕百年を記念して改名されたんです。サンテグジュペリはリヨン出身なので」
にこやかに答えるエクトルに、羽琉は感動したように目を輝かせ息を呑む。
「有名な作家さんの出身地だったんですね」
「この地を好きになる1つのきっかけになりましたか?」
「はい。小さい頃何回も読みました。読めば読むほど考えさせられる内容だったことを覚えています」
「確かに、取り方次第では大人向けな作品でもありますね。奥が深い内容だと私も思います」
「フランク! エクトル!」
エクトルが羽琉との会話を楽しんでいる最中、突然、明るい声が掛けられた。視線を向けると前方から手を振りながら友莉が駆け寄ってくる。
「お疲れ様。まぁ、あなたが羽琉くんね!」
夫であるフランクやエクトルとの挨拶も早々に、後ろにいる羽琉に真っ直ぐ走り寄る友莉。
「初めまして。友莉です。これからよろしくね」
明るく挨拶をし、羽琉の右手を両手で握り締めた友莉は、勢いよくぶんぶんと上下に振った。
電話越しの声で想像していた通り、友莉は長身でスレンダーな体形をしており、目鼻立ちのはっきりした綺麗な顔立ちをしていた。一見すると中性的な印象を受けるが、切れ長の目と肩まであるストレートの艶髪が、アジアンビューティーと評されるに値するほどの美女だった。
「あぁ、えっと……よ、よろしくお願いします」
見惚れて気後れしつつも、屈託なく笑ってくれる友莉に羽琉も頬を緩ませる。
「ほんと会えて嬉しいわ。日本人の友達なんて周りにいないから、時間がある時は私と会ってくれる? たくさん話したりしてくれる?」
「あ、はい。こちらこそ、仲良くしてくれると嬉しいです」
「良かった。羽琉くんみたいな子がエクトルのそばにいてくれるのは大歓迎だわ。これからフランク共々よろしくね」
「はい」
「友莉。取り敢えず場所を改めてから、また話をしないか?」
フランクが呆れ顔で窘めると、友莉も「そうね」と肩を竦め同意する。
それから友莉が乗ってきた車に乗り込んだエクトルたちは、フランクの運転でエクトルの家へと向かった。
道中、車窓を流れる風景に羽琉は目を奪われる。
ヨーロッパ独特の街並や建築物に胸が高鳴っていた。
「リヨンは金融業も盛んで、フランスの銀行の本店がほとんどこの地に集結しています。旧市街地はユネスコにも登録されているんですよ。昔の建築もそのまま残っているところが多くて、歴史を感じられる街でもあります。それに12月はプラン・リュミエールというライトアップ計画があって、歴史的な建築物や名所がライトアップされるんです。そのお陰で光の街とも呼ばれるようにもなりました。今年の冬は一緒に見に行きましょうね」
後部座席に一緒に座っているエクトルが羽琉の背中越しに、リヨンの町を説明する。
その説明に軽く肯きを返しつつも、車窓から見える風景から目を離すことが出来なかった羽琉は、エクトルの家に着くまでずっとリヨンの街並を楽しんでいた。
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