~86~ 別れ

 先に成田空港に着いていたエクトルは、フランクと共に佐知恵からの連絡を待っていた。

「月の光から成田空港まではそんなに時間が掛かりません。もうすぐ到着されるでしょう」

「そうだな。そう言えばユリはリヨン空港まで来るのか?」

「はい。私が帰国するより小田桐さんに会う方が嬉しいみたいです」

「そうか。ユリはハルのことが大好きなんだな」

「友莉もあなたと同じで人を見る目はありますからね」

 フランクの言葉にエクトルは肩を竦めて見せる。

「本当にそう思っているのか? 前に私がこれまで付き合ってきた女性のことをいろいろ言ってなかったか?」

「それはお互いに本気じゃなかったからそういう人しか寄ってこなかったと言っただけで、将来を考えられる相手に小田桐さんを選んだことは、私としては大いに賛成しています」

 無表情でも本音を話していることが分かっているエクトルは苦笑を返す。

「お前とユリのお眼鏡にかなうとはな。ハルは本当にすごい」

 心底感心していると、エクトルのスマホがブルブルと震え出した。

 画面を確認し、すぐに通話を押す。

【こんにちは、花村です。今、羽琉と空港に着きました】

「こんにちは。タイミングが良かったみたいですね。丁度目の前にいます」

【え?】

 電話越しのエクトルの言葉に佐知恵がキョロキョロと周りを見回すと、真正面からこちらに向かって歩いてくるエクトルとフランクの姿があった。

 電話する必要がなくなり、佐知恵もエクトルも電話の通話を切る。

「遅くなりましたか?」

「いえ。大丈夫ですよ。ハルもこんにちは」

 佐知恵の後ろにいる羽琉にエクトルが笑顔で挨拶すると、羽琉も「こんにちは」とはにかんで答えた。

 その表情につられ、エクトルもにっこり微笑む。

「これ、自宅に帰りついたら食べて下さい。お口に合うかは分かりませんが……」

 そう言って佐知恵は買ってきた菓子折りをエクトルに渡した。

「こんなお気遣いまで……すみません、ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、エクトルはその菓子折りを受け取る。

「もうそろそろ搭乗手続きが始まるわね」

 そう言って佐知恵は羽琉と向き合うように振り返った。

「4月だけど朝晩は日本より少し寒く感じると思うわ。気候の変化に体調を崩さないように気を付けて過ごしてね。フランスでの生活が上手くいくことを願ってるからね」

「うん。頑張る」

「エクトルさんと一緒にね」

 佐知恵がそう付言すると、きょとんとした羽琉は視線をエクトルに向ける。

 その視線の先でエクトルは嬉しそうに笑みを深めていた。

「何かあった時は2人でよく話し合って決めなさい。自分の中で溜め込まないようにね」

 再び佐知恵に視線を戻した羽琉は微苦笑しつつも、しっかり肯き返した。

「羽琉のことをよろしくお願いします」

 羽琉からエクトルに体の向きを変えた佐知恵が深々と低頭する。

 エクトルも姿勢を正し、表情を改め「はい」とはっきり答える。

「お母様とのお約束も違えないことを誓います」

 昨夜の電話でのやり取りのことを、エクトルは改めて佐知恵に誓言した。

 羽琉が不思議そうに「……約束?」と聞き返すと、エクトルはにっこり微笑み「ハルを悲しませないっていう約束です」と簡略化して答える。

 羽琉の知らないところで交わされていたエクトルと佐知恵とのに、特に疑問を持つことなく羽琉は納得した。

「じゃあ、母さん。こまめには無理かもしれないけど、時々連絡するね。母さんたちも体に気を付けて」

「えぇ。たまにはエクトルさんと一緒に遊びに帰ってらっしゃいね」

 羽琉は「うん」と力強く肯く。

「行ってらっしゃい」

「……うん。行ってきます」 

 もう一度視線を交わし互いに微笑み合うと、羽琉と佐知恵は手を振り合った。

「もういいんですか? まだお母様とお話出来る時間はありますよ」

 エクトルのそばに寄ってきた羽琉に、エクトルが気遣いを見せる。

 心配気なエクトルを見上げた後、羽琉は佐知恵の方に視線を向けた。

 羽琉を見送りつつ、佐知恵は手を振りながら満足そうに微笑んでいる。その表情に羽琉も微笑み返すと、エクトルに「大丈夫です」と伝える。

 羽琉の笑みを見てエクトルも安心したように表情を緩めると、佐知恵に深くお辞儀をし、羽琉とフランクと共に搭乗手続きへと向かった。

「今日という日が待ち遠しかったですよ。ハル。改めて、フランスに行くことを決めてくれてありがとうございます」

 耳打ちするように囁くエクトルに、くすぐったさを感じた羽琉は肩を竦める。

「いえ。こちらこそ……」

「空港に着いたら、真っ先に友莉に会って下さいね」

 隣からフランクが入ってくる。

「あ、はい! 楽しみです」

 嬉しそうにパッと表情を明るくした羽琉に、エクトルも若干の悔しさを感じたが、友莉には大きな借りがあるのでそこは表に出さないようにする。

「これからは共に励まし合い、支え合いながらゆっくり歩んでいきましょうね」

 ポンと背中を押してくれるエクトルの綺麗な微笑に、羽琉も「はい」と同じように微笑を返した。

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