~60~ 羽琉からの提案

「話を聞いてもらって良いですか?」

 真剣な表情の羽琉に、エクトルもフランクもそれに合わせるように神妙な面持ちで羽琉の言葉に耳を傾けた。

「お恥ずかしい話ですが、今いる月の光の入所費は母が払ってくれています。僕がちゃんと自立出来ていればこんなことにはならなかったのですが、あの出来事で人間不信になっていた僕にとって社会生活を送ることはすごく難しくて……。でも新しい家族がいる母に負担を掛けてしまっていることもずっと心苦しかった」

 これまで抱えていた心情を吐露する。

 再婚相手に小さな子供がいることも聞いていた。だからこそ余計に負担にはなりたくなかったのだが、当時の羽琉は一人暗い部屋の中で餓死することを待ち遠しく思うほど、身も心もボロボロになっていた。そんな羽琉を見過ごせなかった母親は何度も同居を申し出たが羽琉が頑なに拒絶していた。全てにおいて無気力となっていた羽琉が自ら命を断つ可能性も考え、悩んだ末に妥協案として母親が提案したのが月の光だった。

「……っ」

 自分が壊れていた時のことを思い出すうちに膝の上で次第に震えてくる手を、羽琉は自分の手で治めるように握り締めた。思考が深くなる中、次第に成瀬のことも思い出され、その時の恐怖が蘇り手の震えは増す一方だ。その震えが肩まで伝わり徐々に呼吸を乱してきた時、「ハル」とエクトルが名を呼んだ。

「大丈夫ですよ。ハルが真摯に話そうとしてくれていることは伝わっています。自分のペースでゆっくり話して下さい」

 そう言ってエクトルは羽琉を落ち着かせるように背中を撫でる。

 その手に合わせるように呼吸を整えた羽琉は、呼吸が落ち着いてから再び口を開き話し始めた。

「母の生活を壊すことは出来ないし、父との関係を修復することも……僕には出来ない。でも月の光の退所も迫ってきていて……っていろいろ考えているとどんどん気持ちも沈んで。自立するにはどうすればいいのか、ずっと模索していました」

 かといって渡仏することで甘える対象が母親からエクトルになるのなら、なんの成長もない。羽琉自身が強くなるために、これまで以上に努力する必要がある。

 その点で渡仏の件は、羽琉には願ってもない話だった。

 身内でもないエクトルからの援助ならば、羽琉は自立するためにもっと必死になるはずだ。それに環境を変えることも羽琉にとっては都合が良かった。不安が全くないと言えば嘘になるが、自分を知らない人たちの中で、自分の知らない土地で、言葉や風土を学び知っていくうちに、自立するための手掛かりを掴めそうな気がしていたからだ。例えて言うなら語学を勉強する時の昂揚感と似ている。それは自分の知らないことを吸収することの楽しさとも似ていた。

「金銭面を除外して、フランスに行きたいかどうかだけをシンプルに考えて欲しいと言っていたエクトルさんに対する答えとしては、『フランスに行きたい』が答えです。でもずっとエクトルさんに甘えるのは間違っていると思うので……なので……」

そこで話を区切り改めて息を整えると、少し言いづらそうに視線を泳がせた後、羽琉は意を決して口を開いた。

「僕がフランス語やフランスの土地に慣れるまでの間、生活費の全額を借金させて下さい」

 「お願いします」と言って羽琉が頭を下げる。

 恋人になったばかりの相手に、こんな図々しい願い事をして良いのか散々迷った。

 だがにしてしまえば返済の義務が生じるため、羽琉の自立に大きな目標となるものが増えることになる。それはこれまで周囲の優しさに甘えてきた自分を律するためでもあった。

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