~61~ 受諾と条件
そんな羽琉の決意を余所に、エクトルとフランクはぽかんと呆けた顔で瞬きを繰り返していた。思わぬ羽琉の言葉にしばし無言になる。
「あの……おこがましい、ですよね……」
2人の無言を不快にさせたと受け取った羽琉は、我ながら恥ずかしいことを口走ってしまったと肩を落とした。
「小田桐さんは、本当に、生真面目な方ですね」
呆気にとられたままの表情で、フランクが強調するように区切ってぽつりと零す。
「フランス行きはこちらから提案したことです。ですのでエクトルが小田桐さんの生活費一切を負担するのは当然のことなんです。それに失礼な言い方かもしれませんが、小田桐さん1人の生活費なんてエクトルにとっては痛くも痒くもありませんよ。いつも仕事仕事で散財する機会もありませんし、そんな相手もいませんし、ついでに株でも儲けていますしね。最近では教会や福祉団体などに寄付することで役立ててもらえるようにしているみたいですが、それでも余り余っているはずですから」
何故エクトル個人の収支事情をフランクが知っているのかがかなり疑問だが、エクトルも訂正しないことから真実なのだと推察する。
そんな飄々と言ってのけるフランクを尻目に、真剣な表情のエクトルは「分かりました」と1つ肯いた。
「そうすることでハルが思い悩むことがないのなら、その提案を呑みます。ですがそのせいでハルが焦燥感に駆られるようなことになっては身も蓋もありません。無期限で無利子、ハルが返せる時に返済してもらうという条件を付け加えた上で私も了承しましょう」
それだけは譲らないというエクトルの意思が見て取れたため、それ以上反論することなく羽琉も肯いた。
羽琉の肯きを見た後、「……ハル」とエクトルは言葉を続ける。
「ハルは自分のことを甘えていると言いますが、私はそうは思いません。ハルには辛い過去を乗り越える時間が必要でした。それには周囲の手を借りることも必要なことで、そのために月の光のような施設が存在しています」
諭すように響くエクトルの低い声音が、羽琉の耳に慈しみを含ませて届く。
「そして私にとってもハルの手助けが出来ることはこの上なく幸せなことなのです。私を頼ってくれてありがとうございます」
エクトルの細められた碧眼を間近に見つめつつ、羽琉は瞠目し息を呑んだ。
頼ったことに礼を言われるとは思ってなかったが、その時ふと友莉の言葉を思い出した。
【心の傷はどうやったら癒せるのかって、私やフランクに何度も辛そうに零してた。羽琉くんに頼ってもらえたら、いつでも助ける準備は出来てるのにって】
エクトルはエクトルで羽琉のために動けないことがジレンマだったのかもしれない。事情を知りつつ知らないフリをするのも、いつか羽琉から話してくれることを願ってずっと待っていたのだろう。結局はバレてしまったのだが。
「……」
何も言えなくなった羽琉は、エクトルの碧眼を見つめたまま表情を歪めた。
エクトルの想いを知れば知るほど胸を締め付けられる。
それは羽琉が今まで感じたことのない胸の痛みと苦しみで……でも全く嫌な気がしない。
「私は何か気に障るようなことを言いましたか?」
切なげに眉根を寄せた羽琉に、泣くのかと思ったエクトルが動揺しながら訊ねる。
不安そうなエクトルを安心させるように微笑んだ羽琉は、ゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。ただ自分が知らない自分を教えてもらうのは、なんと言うか……むず痒いものなんだなって思いました」
羽琉の言葉に一瞬きょとんとしたエクトルだったが、その後ふっと苦笑を洩らした。
「それはお互い様です」
それを聞いて今度は羽琉がきょとんとする。
「そうですね。ビジネスでもプライベートでも見せたことのない非常に稀なエクトルの憔悴顔を見せて頂いたので、今後、要所要所で使わせてもらおうかと思っています」
突然2人の会話に入り込み、エクトルの弱みを握ったとばかりに言いやるフランクに、エクトルが苦々しい眼差しを向けた。
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