~49~ 誇らしい恋人

「お待たせしました」

 回想から目覚めさせたのは、羽琉の背後から正面に回り込んできたエクトルのにっこりと微笑んだ綺麗な微笑だった。

「あ、はい。いえ……そんなに待ってません」

 受け答えの様子がおかしい羽琉に、小首を傾げたエクトルは「どうかしたんですか?」と隣に腰掛けながら訊ねた。

 そんなエクトルを見つめ返しつつ、あぁ、そうか。エクトルさんも優月くんのことを知ってるから話してた方が良いのかな? と羽琉は少し悩んだ。

 エクトルも優月のことを気に入っていた。優月が外出しないとなると、本人からエクトルに直接伝えることは難しいかもしれない。優月に承諾を得る前に話すのはマナー違反のような気もするが、取り敢えず話しておいた方が良いだろう。

 そう思い至った羽琉は「あの、優月くんのことなんですが」と口を開いた。

「そう言えば、ユヅキの姿が見えませんね。ユヅキはどうしたんですか?」

 キョロキョロと首を巡らしつつエクトルが訊ねる。

「優月くん、来週施設を退所することになったんです」

 エクトルは微かに目を見開いた。

 そうか。ハルに話したのか――。

 フランクは優月の引き取り期日が早まったと言っていた。羽琉に打ち明けるのも時間の問題だと思っていたエクトルはさほど驚くことなく、羽琉の話を受け止めた。

「親戚の方の養子になるそうで、その準備があるから外出を控えると言っていました」

「そう、だったんですか」

「優月くんも信頼している方たちみたいで、すごく嬉しそうでした。急な話だったんで僕も……」

「ハル」

 突然話を遮られた羽琉はきょとんとした表情で「はい?」と訊ねる。

「ハルは大丈夫ですか?」

 真剣な眼差しで問うエクトルに、羽琉は瞬きを繰り返した。

 一瞬何のことかと疑問に思ったが、エクトルが羽琉の心を気遣っているのが分かり、胸の辺りがほわりと温かくなる。

「月の光で優月くんと出会ってから3カ月経ちます。確かに話を聞いた時は淋しくなるなと思いました。優月くんと会えなくなるし、あの笑顔も見れなくなる。これからどうやって楽しみを見つければ良いのかって、少し不安にもなりました」

 徐々に心配気に染まるエクトルの表情を、羽琉は微笑むことで止めることに成功した。

「でもその淋しさを上回るくらい僕も嬉しかったんです。優しい人たちのところで優月くんが幸せになってくれることが」

 何かにハッとさせられたようにエクトルは瞠目する。

「自分が優月くんの幸せを喜べる人間で良かったと思います。羨ましがるのではなく、心からそう願うことが出来る人間で良かった。でもそれは優月くんの人を思いやる性格から僕が学んだものでもあります。僕は優月くんにたくさんのものを教えてもらいました。たくさんの優しさをもらいました。優月くんと出会えたことは僕にとってかけがえのない宝物です」

「ハル……」

 エクトルは眩しいものを見るかのように目を細めた。

 羽琉の穏やかな微笑みは、エクトルの心にも桜の香り漂う清々しい春風を送り込む。

 清廉な羽琉の心には恋人のエクトルも誇らしいものを感じた。そしてその想いのまま愛しい恋人の頬に手を差し伸べそっと触れる。

「そう思えるハルの心も、ユヅキと同じように純粋で綺麗なんですよ」

 頬を撫でながら「忘れないで下さいね」と付言すると、少しずつ羽琉の顔が赤く染まっていった。

 それがたまらなく可愛く見え、エクトルは笑みを深める。

「やはりハルと離れることは考えられません」

「?」

 言葉の意味を図りかね、羽琉はどういうことかと小首を傾げてエクトルに問うた。

 羽琉の頬から手を離したエクトルも表情を改め少し逡巡したが、優月が退所することを羽琉に話したのなら、今度は羽琉の環境を整えなければならない。

 ――何よりもエクトルが羽琉と離れたくないと、今強く思った。

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