~11~ 気弱な上司①
「エクトル。そろそろ出掛けないといけない時間ですが?」
エクトルのスケジュールが記入されている分厚い手帳を開いたフランクが、上司に向かって伝えると「分かっている」と短い返事が返ってきた。
しかしそう言ってから5分経っても、エクトルは何の動きも見せない。
不審に思ったフランクは寝室のドアをノックし、「どうかしたんですか?」と声を掛けた。
すると、15秒ほど経ってからエクトルは寝室のドアを開け出てきた。
準備は完璧に整っている。そのまま出掛けても大丈夫そうだが、ただその表情は浮かなかった。
「何かあったんですか?」
フランクが心配して訊ねると、「いや……」と濁した言葉が返ってきた。
「羽琉が私を憶えてくれているのか、急に不安になった」
「……エクトルと会ったことを小田桐さんが忘れていると思っているんですか?」
意外そうに聞き返すと、溜息を吐いたエクトルは「忘れているかもしれない」と自信なさげに答えた。
「まさか……」
そんなことは有り得ないとフランクは思った。
それはエクトルと出会った最初の日を、フランクは今でも鮮明に憶えているからだった。
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