~10~ 1人の外出

「え? 優月くん、熱があったんですか?」

 朝の検温に来た笹原が、羽琉に体温計を渡しながら「そうなの」と肯いた。

「昨日、風が強かったからそのせいかな? もう少し厚手の上着を着せてあげれば良かった」

 笹原が後悔しながら呟く。

「微熱だから心配ないけど、一応、今日は大事をとって外出を控えてもらうわ。だから今日は久し振りに羽琉くん一人の外出になるわね」

「優月くん、がっかりしてそう」

 自分がもう少しちゃんと優月の体調を憂慮していればと、羽琉も暗い表情になった。今までの外出後の微熱のことも気掛かりだったこともあり、何か自分に落ち度があったのではないかと自責の念に駆られる。

「羽琉くん。気にしちゃうのは分かるけど、優月くんの体調は誰にも分からないわ。優月くん本人でさえ分からないこともあるのよ? 今だって熱はあってもすごく元気だし」

「……元気なんですか?」

 きょとんとした羽琉に、笹原は少し呆れ混じりの苦笑で「えぇ」と肯いた。

「早く治して明日は羽琉くんと外出したいって意気込んでた」

 ピピッと音を立てた体温計を笹原に渡す。

「ん~、36度2分。羽琉くんはクリアね」

 持っていたバインダーに書き込んだ笹原は、続けて「今日の体調は?」と訊ねてきた。

「いつもと変わりません」

「そう。外出は何時にする?」

「えっと、昨日と同じ時間帯に……」

「了解。今日は羽琉くん1人だから時間を伸ばせるけど、どうする?」

 羽琉は視線を落とししばらく考え込んだ後、口を開いた。

「……ちょっと絵を描きたい気分になっているので、前のように午前中いっぱい外出してても良いですか? 昼前には帰ってきます」

 羽琉が許されている外出時間は午前中の半日――出掛ける時間にもよるが、大体3時間~4時間くらい――だ。時間内であっても遠出をする時は担当医師の許可が必要だが、施設近辺ならどこに行くのか事前にスタッフに伝えていれば基本的にどこでも行ける。

「了解。遅れないように気を付けてね」

 笹原はにっこり微笑み承諾した。

「じゃあ、昨日と同じ時間で伝えておくから、受付で外出時間と行き先を記入して携帯電話を受け取ってね」

 いつもの手順を伝え、羽琉の「はい」という返事を聞いた後、笹原は部屋を退室した。

「……良かった」

 ドアが閉まってしばらくしてから、羽琉はぽつりと呟き、安堵の溜息を吐いた。

 朝食前にタオルで目元を冷やし、涙の痕の赤みと腫れはだいぶ取れたと思う。笹原に気付かれてしまわないか内心ハラハラだったが、鏡で見る限り、いつもと変わらない表情だったので、どうやら上手く誤魔化せたようだ。だが瞼の重さだけはまだ残ってしまった。それに加え、悪夢を見たせいで出掛ける前から疲れ切っている。体のだるさはないが気持ち的に沈んでいた。

「……どうしよう」

 ふと布団に伸びている陽の光に気付き、羽琉は窓の外を見やった。

部屋に射し込む眩しい陽の光が、今日の天候を物語っている。こんな晴天に出掛けないのは勿体ない。

「……」

 いろいろ悩んだ末、羽琉は床頭台からスケッチブックの入ったバッグを取り出した後、ベッド下にある衣装ケースから着替えの服を出すと、いそいそと外出の準備を始めた。

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