~9~ 月の光

 羽琉が入所している月の光は、城島きじま心療内科の敷地内に併設された施設だ。

 事件後の生活は羽琉にとって苦難の道のりだった。もともと人付き合いは苦手だったが、極端に人を避けるようになったのはこの頃からだ。強烈なトラウマを持ちながらも、母親の援助で羽琉は何とか高校を卒業した。

 しかし当然のごとく様々な人間模様が渦巻く社会に一歩を踏み出す勇気が、羽琉にはなかった。それから次第に精神を病むようになり、自立しなければいけないと思えば思うほどパニックに陥った。羽琉は自分自身を追い詰めていった。

「羽琉。一緒に心療内科に行ってみようか?」

 衰弱しきった羽琉にそう言って手を差し伸べたのは、離婚後も羽琉を援助してくれていた母親だった。再三、一緒に住むことを提案していたのだが、今の家庭を大切にして欲しいという思いから羽琉は断り続けていた。

「羽琉が元気になってくれないと、母さんも心配だから」

「……」

 疲れ果てていた羽琉自身も、限界を超えていたことに気付いていた。だからこの時の母親の提案には反対することなく、生気のない顔でコクリと肯いた。

 そして心の養生ということで、城島心療内科が所有しているこの月の光に入所することになったのだ。

 個室が10部屋で現在は6人が入所している。白と緑を基調とした落ち着いた雰囲気の内装は、心身共に疲れ切っていた羽琉に心の安らぎを与えてくれた。

 心の病は本人が治ったと思っても、いつどんなことがきっかけで再発するか分からない。そんな時は医師や看護師が往診に来てくれたりする対応が出来ていたので、入所者にはとても心強く、至れり尽くせりな施設だった。そして日々の体調管理のみならず、笹原のような優しい看護師たちが羽琉の話し相手になってくれたり、遊んでくれたりすることもあるため、羽琉は温かい家庭のような雰囲気を月の光で感じていた。

 ただここは病院ではなく、あくまで心の傷を癒す場所で、基本的には普通の生活を送れるように支援する施設だ。

 羽琉もいずれは退所しなければならない身だった。

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